2003-11-01から1ヶ月間の記事一覧

いつものように午前七時、道具屋の前に集合した児島さんの様子がおかしかった。本人は不調を感じていないようだったけれど、顔色が明らかに悪い。最初の顔合わせのときに児島さんが提案したこと、本人が大丈夫と思っても明らかに体調が悪そうだったらその日…

 18:30

「最近すっかり腰が痛くてねえ」 義理の父になる予定の男性のそんな言葉に不思議な既視感を覚えた。義理の兄になる男性がそれをたしなめる。毎日働きもせずごろごろして、それでいて飯だけはたっぷり食ってりゃ身体も悪くなる、腰なんかはらぺこでぐっすり寝…

午前中から訓練。青柳さんとチャンバラをしていた。この青柳さんという人は同じ戦士としてとても不思議な感じがする。こうやって訓練場で向かい合っている時はとりたててすごいとは思えない、津差さんや神崎さんと比べると明らかにレベルは下とわかるのに、…

 16:30

「片岡さん、どうしたんですかその顔」 お先に失礼します、と声を残して裏口を抜けた小林桂(こばやし かつら)は、商品を納入にきた鍛冶師の顔を見て驚きの声を上げた。先週見たときは健康的に日に焼けていた30代なかばの男の顔は紫色に変色して、右半分が…

(前略)…・…とはいえ当時の日本人たちが現代の日本人とまったく別種の存在であり、だからこそあのような軍部の独裁を許したと考えるのはおそらく妥当ではないであろう。あるいは悪しきは旧軍指導者のみであり当時の民衆はあくまで無知でありかつ軍部の持つ暴…

天気は曇りだったけど、なんとなく暖かくなる感じがしたので洗濯物を干した。ちなみに洗濯物は木賃宿に併設されているコインランドリーで洗濯するか、木賃宿のクリーニングに出すかを選べる。金銭感覚が麻痺してきたと昨日の日記に書いたけど、日々の支出に…

 19:01

「巴でございます」 『あ、お母さん? 麻美です』 「麻美! おまえまったく連絡よこさんと、元気にしてたの?」 『うん、元気。あのさ、今度の日曜日にちょっと帰ろうかと思ってるんだけど、二人ともいる? お兄ちゃんもいたほうがいいかも』 「なに、服買い…

本日の収穫は九万円と少し。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。 今日気がついたのだけど、各銀行や郵便局のATMはこの狭い迷宮街に二ヶ所あるのだった。ひとつはもちろん東西大通りの西側にある各銀行の支店内。そしてひとつはATMだけが迷宮の出入り口詰…

 14:25

今年から開始したハウス栽培の苺はどうにか売り物になってくれそうだった。これで来期にはもっと作付けを増やせるだろう。 竹で編んだ籠に農具をつめ、満足しつつ家に戻った笠置町隆盛(かさぎまち たかもり)を見知った顔が出迎えた。おお、と笑顔を浮かべ…

迷宮街の西半分のことなら今日一日でだいぶ詳しくなった。どうしてかというと、昨日の日記に書いたネコを探すために半日以上街を走り回ったからだ。結局誰も捕まえることはできず、しかし問題は無事解決した。星野さんの娘さん、星野由真(ゆま)ちゃんが通…

 15:33

…・…もちろん彼の脳には記憶を整理するほどの能力はなかったが、それでも今の状況がおかしいということだけは感じていた。このくらいの日差しでこのくらいの暖かさの時にここまで全身が疲れているということはかつてなかったからだ。もともと明るい間はずっと…

 13:25

この二日間で屈辱とともに思い知ったのは、人間はついに追いかけっこでネコに勝てないという事実だった。だから、久米錬心(くめ れんしん)からの電話で迷宮街の南外周部にたどりつき、ベンチに座り本を読む神田絵美(かんだ えみ)とその隣りでおとなしく…

 12:07

迷宮街は探索者と労働者、自衛隊など合わせて15,000人が生活できるようにと設計されている。治安上の(街から外界を守るという)必要から大きく円を描いて高い防壁で囲まれていた。今の時点では住民の総数は限界にははるかに届かず、中心部から離れると手付…

 9:23

目から火花が、喉からは苦痛のうめきが漏れた。どれだけ実戦を積もうが人間が鉄になるわけがない。苦痛を耐え生命をつなぎとめる力(と覚悟)があっても、平時で人とぶつけた頭の痛みを無視することはできなかった。 「いってえ! 真城さん頭固いよ!」 「…・…

訓練は西野さんと午後からにした。当然午前中は起きられなかったのだ。 西野さんとは初対戦になる。その背筋のなせる技なのだろうか、たいへん太刀行きが速い人だった。ただ、まだ実戦は三度目ということで頭で作戦を組み立てられていないのがわかる。それで…

 18:37

連休のうちに電話で快諾を伝えてはいたが、それでも出勤して立ち上げたグループウェアソフトに自分の辞令を知らされたときにはさすがに言葉に詰まった。 後藤誠司。 一二月一五日付けをもって右を関西営業部京都支店迷宮街出張所長に命ず。 懇意にしている田…

迷宮探索も第二層にさしかかり、今回で二度目になる。この階層の何よりの特徴といえば毒気を吹き付けてくる化け物が現れたことだろう。活性剤は、使い捨ての注射器とセットで一本8,000円もするけれど前衛は一人につき二本、後衛は運動しないからより持ち運び…

 20:13

探索者と仲良くするといいことがないと、織田彩(おりた あや)は過去の体験で知っている。人間はいつか死ぬもので、死んだらそれまでの付き合いの分だけ悲しくなってしまうもので、そして探索者は恐ろしく死亡率の高い職業だったからそれも当然のことだった…

午前からみっちりと運動。それにしても身体を動かすことしかしていない。翠の部屋に置いてもらっている本はまったく手についていない。今日のようにブックオフを訪れればまずハードカバーのコーナーを覗いていた自分はどこに行ってしまったのか。ちなみに翠…

 10:24

自動ドアからこぼれてきた空気は暖かく、巴麻美(ともえ あさみ)はほっと息をついた。ここ数日というもの関東地方には寒冷前線が停滞しており、少しおおげさかと思った冬物のコートも内側がニットのノースリーブのセーターでは少し物足りないくらいだったの…

用事のない一日だった。こっちに来てからお休みの日も何かしらしていたので、こういうのもいいかな。いい天気だったから木賃宿にいつづける人もおらず、端っこのほうでマンガが所在なげに散らばっていたのがかわいそうに思えた。 つまり一日中マンガを読んで…

ユッコさんアキさん元気でしょうか。君たちのアイドル(バラドル?)秀美さんです。メールありがとう。お二人に先立って私は大人になってしまいました。お酒飲んで一人暮らし始めちゃったらもう大人よね。アパートも決まったし、スーパーの値引きシールのタ…

 22:37

コンビニを出たところで見知った顔が歩いて来るのを見かけた。同じ部隊の魔法使いである笠置町葵(かさぎまち あおい)だった。朱が差した頬を見るところ、アルコールが入っているようだった。 「ああ、常盤くん」 こんばんわ、とあいさつをしてから訊ねたら…

本日の探索、無事に終了。数日まったく訓練していなかったブランクどころか思ったよりずっといい動きができた。運動をせずに休んだのが良かったのかもしれない。あと、昨日神崎さんの話を聞いておいてよかった。地下で出会うものは俺たちのどんな図鑑にも載…

 15:20

ここ三日の晴天で蓄えられた地熱が陽炎となってたちのぼるかのようだった。北酒場に併設されているオープンカフェは、そのお陰で一一月の下旬とは思えない快適さを与えてくれていた。目の前にはホットココアと苺のミルフィーユ。織田彩(おりた あや)は幸せ…

東京には月〜水といるつもりだった。金曜日に潜る予定を立てていたから木曜日、つまり今日一日をかけて体調を整えるつもりだったのだ。しかし少々予定が崩れ、迷宮街に戻ってきたのは今日の午後三時になってしまった。一日延期してもらおうかとも考えたが、…

 19:18

夕食前の来客はセールスなどではなかったようで母の嬉しそうな声が聞こえてきた。軽い足音に続いてドアをノックする音がする。さすがに一昨日までここにいただけのことはある、勝手知ったるなんとやらだわと思いながらどうぞと声をかけた。 ドアを開けて入っ…

 19:20

車両前方の自動ドアが閉まり、笠置町翠(かさぎまち みどり)は息を吐き出した。 かなりきついことを言ってしまったのだろうか。少なくとも「大きなお世話」に属することを言ったという自覚があった。実際は自分の中に昨日からある後悔をぶつけてしまっただ…

 19:17

「座れたー!」 早速にかばんの中から紙袋を取り出した。中にはお土産に持たされたクッキーが入っている。 「みんないい人だった! 重ね重ねお礼を言っておいてね!」 笠置町翠(かさぎまち みどり)は、隣りに座った真壁啓一(まかべ けいいち)に笑いかけ…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…