小寺雄一

今年も残すところあと三日。日記をつけ始めたのが11月1日だったから、もう二ヶ月も続いたことになる。最初の頃にあった「明日死ぬかもしれない」という切迫感はいまはもうない。別に死なないと思っているのでもなく、死んだら死んだで仕方のないことだと受け…

 9:12

「お宝とりまーす!」 いつもはつまらなそうにしている娘の元気な声に、恩田信吾(おんだ しんご)は何かいいことがあったのだろうと嬉しく思った。罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)は見かけにも年齢にもよらず豪胆な娘で、それは仲間として頼もしいこと…

小寺の遺体回収が無事に終わってほっとしている。階段を下りて30メートル、しかも大事をとって他部隊の直後に降りたのがよかったのか、遺体を回収し、戻るまで化け物に出会うことはなかった。遺体は通路の脇に寄せられて、荷物や死体を隠すためのビニールシ…

 23:55

キーボードの下ボタンを押して表示された文章に眉をひそめた。そして、脇のベッドで横になりながらスナック菓子を食べている妹、笠置町葵(かさぎまち あおい)を振り返る。 「ねえ葵。明日ヒマ?」 「んー、駅前に出ようかと思ってたけど、なんで?」 「小…

迷宮街の夜は早い。朝五時まで営業の居酒屋などやっていないから、夜遅くに目がさめてしまった俺は唯一のコンビニであるミニストップ迷宮街支店まで出かけていった。全国チェーンのコンビニにはいろいろ種類があるし、販売実績ではもっと上位のものもあった…

 22:10

一晩三千円を支払えばシャワー付の個室が借りられる。今日の収入は六千円と少しだから実際にはそんな余裕はないのだが、津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は個室を借りることにした。今日が初陣で三度遭遇し、彼はハト派のパーティーを組んでいるので一度は…

初陣を無事に切り抜けた。まだ手が震えている。頭の中が混乱している。 明日、あさってと訓練と休息に充てるので、明日の夜には今日のことを書けると思う。 小寺が死んだ。

 11:48

前衛の一人である恩田信吾(おんだ しんご)が「いちごジャム」と呼ばれる粘塊の中心細胞に剣を突きたてたまま振り返った。残りの五人に「終わった」と声をかける。ほっとした空気の中、小寺雄一(こでら ゆういち)の視線はあるものをとらえていた。部屋の…

迷宮街に来て二日目。今日は属性と職業という二つのものを決めた。ここに来て初めて知った概念だった。 まず属性とは、迷宮内で遭遇する化け物との対応姿勢のことだという。もちろんこっちが侵略者でありかつ奴らにとっての食料である以上、お互いを発見した…

まさか自分が自発的に日記をつけることになるなんて夢にも思わなかった。それなのに敢えてしているのは日々を書き留めておかなければならないという強迫観念じみた意識が生まれたから。その動機はなんといっても、現在俺がいるこの状況が稀有なものであり日…