津差龍一郎

これが最後の日記になる。一一月一日から始まって、途中書いてない日があるとはいえ三ヶ月。自分の中でも日記をつけた最長記録だ。いろいろ勉強になった。書いておく、っていうのは頭を整理するためにいいな。この街を出ても、当然ウェブじゃないとしても日…

 21:05

いちばん話したい相手は、一番話したいからこそ長くかかると予想ができたために後回しにしていた。その結果がこれである。笠置町翠(かさぎまち みどり)は微妙に騒ぎの中心からずれたところですうすうと寝息を立てている。 その隣に真壁は腰掛けた。おーい…

 18:22

笠置町葵(かさぎまち あおい)が席を立った隙にその席を奪った。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は隣にやってきた真壁啓一(まかべ けいいち)が笑顔とともに差し出すコップにビール瓶を傾ける。 「どうでした? 今日潜ってみて」 そうだな、と津差は何…

 13:25

お前のそれいいなあ、と呟いた声は低く小さかったために津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はまず自分の正気を疑った。化け物たちはさすがに力押しの愚を悟ったか今では50メートルほど離れた個所で陣を敷き、しきりに威嚇の声をあげている。それは絶えること…

 11:04

一体何匹いるのか。数度の突撃を受け止め跳ね返し、疲労で朦朧としている頭で思った。隣りでやはり肩で息をしている笠置町翠(かさぎまち みどり)が「ちょっとごめんなさい! 休ませて!」 と叫んだ。俺もそろそろ休むか。しかし理事の娘が抜けて弱体化する…

 06:53

仲間の死には慣れている。地下は自分たちにとってあまりに過酷であり世の中には運不運というものが歴然としてあるからだ。しかし安置室に並んだ三つの屍を前にして津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はやるせない思いを抑えられなかった。理由はいろいろあっ…

 21:15

[怪物情報]⇒[日付順に並べる]とクリックする。ずらっと並んだタイトルを眺めたが、一番上にある書き込みは昨日、20日のものだった。明日からのゴンドラ設置作業に備えて第三層以下にもぐる部隊はほとんどが休んでいるはずだ。まあそれは当然か、と津差龍一郎…

 14:25

自分の肉体の威圧感はよくわかっているから普段はことさらゆっくり歩くようにしているし、穏やかに話すようにしている。それだからこそ子どもたちもじゃれついてこれるのだ。自分のような人間がせかせかと動いていたら誰だって危うきに近寄らずを採用するに…

仲間うちでの了承も取れ、いよいよ日記の迷宮街開放。ここでは親しい人以外には単に掲示板に書き込むだけで済まし、俺の最終日二六日までは苦情を受け付けることにする。ここでいう数人の親しい人というのは真城さんと津差さん、あとは掲示板を見ない可能性…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

 09:23

前に打ち合ったのはたしか先週の半ばだったはずだと思い当たり、進藤典範(しんどう のりひろ)の背中に冷たいものが走った。その時にもとてもかなう気がしなかった巨人は、今はもうなんだか別のひどく遠いものになってしまったような気がする。訓練用の木剣…

 06:15

探索者の朝は早いと皆は言う。それにしても、自分たちに比べればどれほどのものがあるかとは鶴田典子(つるた のりこ)は思っている。道具屋に勤務する彼女の業務には早朝これから探索に赴く人間のツナギと剣、基本的な救急用品と行動食のザックを渡すという…

 10:25

左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を…

出稽古シリーズ第二弾は笠置町翠(かさぎまち みどり)。感想は 「やっぱり他の仲間が頼れると楽だね!」 くっそー菓子折りか? 菓子折りでも持っていけばいいのか? 昼前からは雨が降ったけれどどんよりと曇りの朝。いつもどおりにジョギングに出たら、久し…

津差龍一郎(つさ りゅういちろう)重体。今もまだ自分の部屋で寝ているはずだ。 第二期の有望な探索者が精鋭四部隊に出稽古に行くという企て、今日は津差さんが先発隊として出ることになった。出稽古先は魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)さんの部隊で、こ…

 12:23

もともと地下の温度は低く零度に近い。それでも、のっぺらぼうと呼ばれるその化け物が現れるとさらに二〜三度涼しくなるような気がした。こいつは地上に持っていったらクーラー代わりにならんかしらね、といつもどおりにのんびりと考えて、高田まり子(たか…

 12:22

「津差さんは、まあ、当然だな」 その言葉が頭にこびりついている。精鋭四部隊の一角、魔女姫こと高田まり子(たかだ まりこ)が率いる部隊の罠解除師のコメントである。精鋭部隊へ第二期で侵攻意欲があり優秀な人間を出稽古させようという試み、まず一人目…

今日は進藤くんと海老沼さんに稽古をつけてあげた。進藤くんはその体格もあってまったく問題なし。運動神経もいいみたいだし、あとは慎重に場数を踏むだけだろう。でもまあ、改めて思うのは津差さんのすごさだな。巨大な進藤くんよりも津差さんはまだ七セン…

 23:29

「あ、啓一なんかかっこいいこと言ってるぞ」 「うわ、映った」 「つか真壁くん、なんか2ちゃんで知られてるぞ」 「え? マジすか?」 「・・・なに? ここの日記書いてんの? しかも実名?」 「ゲ」 「なに? 俺も出てんの? 啓一」 「えーと、書いてます…

 23:27

真壁啓一(まかべ けいいち)が怪訝そうに声を上げた。 「あれ? 真城さんのヒョウ柄って地下用ですよね? カラビナついてるし」 両手をあけながら大量の食料や救急用品などを持ち歩かなければならない地下行動時に使用するツナギには、円形のカラビナと呼ば…

 22:45

うわあ! と進藤典範(しんどう のりひろ)は声を上げた。木賃宿の二階、いわゆる『男モルグ』と呼ばれているフロアに置かれているテレビの前を見てのことだ。普段は二〜三人が座っているだけのソファにはぎっしりと男女あわせて六人がならび、その足元にも…

今日はパトロールの日なので早めに書く。今日から津差さん部隊の佐藤良輔(さとう りょうすけ)さんと野沢康平(のざわ こうへい)さんも参加することになった。これで、第二期でパトロールに加わっている人間は八名になる。笠置町翠(かさぎまち みどり)、…

 09:02

ずらりと試験生が並んでいる。橋本辰(はしもと たつ)はごきりと首を鳴らした。『人類の剣』でありこの国でも十本指に入るだろう戦士であっても長時間の運転はこたえた。昨夜はぎりぎりまで名古屋にいて、妻と子がすうすう寝息をたてる中、ガムをかみながら…

台風一過。といいたくなるほどいい気分だ。昨日の朝、原因不明の体調不良に見舞われたけれど一日かけて水を飲んでは吐いてを繰り返した結果、かなりいい感じに身体をクリーンにすることができた。やっぱり運動しないで食べてばかりいたのが原因だと思う。難…

 11:35

今日まではいらっしゃいませの代わりに「あけましておめでとうございます」を挨拶にするつもりだった。通りすがりの客がほとんどいない迷宮街支店ではそのような親しみが無視されることはほとんどない。たった今の言葉も大きな笑顔に受け止められた。もう一…

昨日は夕方からずっと雨でどうなることかと思ったけれど、今日はいい天気! こんなことなら黒田さんたちとご来迎を拝みに行けばよかった。それでも木賃宿の屋上から眺める朝もやの京都市街は非常にきれいだった。洗濯物も乾きそうだし。 本日もまた示威部隊…

 10:42

女性たちが一様に視線を泳がせしりごみしている。その顔にはありありとおびえが浮かんでいた。 であれば、とその輪の外側の男たちを見つめたが皆が視線をそらした。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はため息をついた。いくら慎重な俺でもこんな問題は予想…

俺には腕力も体力もないけど、反射神経とスピードはあるつもりだった。だから、そう、きっと五キロはあるツナギのせいなのだろう。鈴木秀美(すずき ひでみ)さんに駆けっこでまったく追いつけなかったのは。 今日から二日まで詰め所で示威部隊に加わる。今…

葵「大丈夫だよ。豪勢なもの作る気ないし。ネコの手も一つあるし」 翠「にゃー。食器洗うにゃー」 葵「いやそれ準備じゃないから。片付けだから」 翠「にゃー。熊肉でよければ裏山から狩ってくるにゃー」 葵「いやおせちに熊肉使わないから」 今年もあと二日…

 12:32

腹減った腹減ったと唱和しつつ示威部隊が地上に戻った。留守番役の太田憲(おおた けん)、落合香奈(おちあい かな)がお疲れ様と出迎え、ビニール袋の中から折り詰め弁当を取り出した。そして大きなお鍋。これは落合が北酒場のコックに頼んで作ってもらっ…