六時に起床。訓練場のグラウンドを30分歩き、30分走ってから二時間ストレッチをした。今日は午前中から観光だからできるときに身体を動かしておかないといけない。シャワーを浴びてご飯を食べて青柳さんとの待ち合わせ場所に向かうと、青柳さんと同じ日に迷宮街にやってきたという神崎圭介(かんざき けいすけ)さんが一緒にいた。180センチくらいある青柳さんと同じくらいの身長だが、四肢は断然細い。年齢は二五歳で、細長い顔に切れ長の目が印象的なモデルみたいな美男子だった。自己紹介したところ俺のことを知っているようだった。俺ももちろん神崎さんを見知っていた。俺の理由は美男子だから、だが彼が俺を覚えている理由はそうじゃないだろう(正反対のものかもしれない)。
迷宮街には日本レンタカーの迷宮街支店がある。三日に二日はヒマな探索者、懐も暖かいとなれば上客なのだろう。だから車を借りるのかと思ったらそうではなくそのまま外に出た。外には青柳さんの恋人が待っており、赤のヴィッツの中からクラクションを鳴らした。
久保田早苗(くぼた さなえ)さんは青柳さんとは高校のクラスメートだったとのことだ。その頃は親しくはなかったが青柳さんが僧侶だった頃にお経をあげた家でばったり再会したらしい。「学生時代も五分刈りだったから、剃ってても違和感なかったわよ」という。ちなみに今の青柳さんは一センチくらいの短髪である。久保田さんはよくしゃべるひとだった。滋賀県の大津で生まれ育ったというその言葉遣いは、生粋の関西人には聞き分けができるらしいけど、俺には単なる京都弁に聞こえる。かすかに高い声で滑らかに語られる京都のお話はとても興味深いものだった。彼女の親戚が祇園で料亭を営んでいるらしく「夕ご飯はそこで」なんて言ってくれた。
京都入門編ということで訪問先は銀閣寺、清水寺伏見稲荷というところに俺がリクエストして青蓮院を入れてもらった。伏見稲荷では久保田さんのお友達の巫女さん(名前は忘れてしまった。巫女さんの衣装だからかもしれないけど、きれいな人だった)にお茶をご馳走になった。お茶をいただいていいるのは30分くらいだったけれど、神崎さんがさっそく巫女さんから電話の番号を聞きだしているのが印象に残った。そっかー。美男子は自信をもってアプローチするから、俺のような不細工とはさらに差が開くんだ、とあたりまえのことを実感したり。
内藤さんの妹さんに薦められた青蓮院は非常に落ち着ける庭園だった。ここは通うことにしよう。抹茶もおいしかったし。
神崎さんは非常に愉快な人だ。寡黙であまりしゃべるほうではないのだけど、訥々と毒と機転がこもったことを言う。しばしば文学作品の引用をするのにそれが嫌みったらしくないのは膨大な読書量に裏付けられた知識の中から最適なものを選んでいるのがわかるからだ。おれとは三年の差でこんなになれるかと考えると否応なく背筋が伸ばされてしまう。
三時になる少し前、青柳さんが「現金で五万くらいなかったら、おろしておいたほうがいいよ」と笑いながら言った。またまたー、とこちらも笑いながらやりすごした。三万はあったからだ。


えーと、青柳さんに借金15,000円だな。明日一番で返そう。