14:07

「うーわー」
と間延びした声を聞いて、桐原聡子(きりはら さとこ)は振り返った。仲間の戦士である大竹真二郎(おおたけ しんじろう)がホワイトボードの前で口をあけている。
「タケ、どした?」
「いやあ、これこれ。さっちん、これ見てよ」
指差したホワイトボードに書いてあるのは、今日これまで地下に潜った探索者の名前と目標地点だった。
迷宮内部での生死に迷宮事業団では一切関与しないとはいえ、帰還しなかった場合に地上の家族たちに「たぶん死んだんじゃないかな」くらいのことは伝える必要がある。そのために地底に潜る部隊にはこのホワイトボードに入場時刻と部隊員姓名、そして目的地を書き残すことが奨励されていた。また、事業団で何もしないからこそ探索者相互の絆は強い。こうやって書き残しておいたお陰で自発的な救助活動が行われるケースはしばしば見られたからほとんどの部隊が書いている。
すでに14時を越えているそこにはずらりと20部隊近くの名前が並んでいたのだが、大竹はそれに驚いたのだった。そうか、と桐原は納得する。第二期募集が開始して迷宮街の探索者の総数が増えたのは二週間前。大竹はその間出張だとかでここに来ていなかったはずだ。
「第二期の募集が始まったんですよ。大竹さんは今朝着いたでしょ? 俺もゆうべ、北酒場のあまりの盛況に驚きました」
桐原の代わりにそう答えたのは、同じく前衛の高村悠太(たかむら ゆうた)だった。
「前衛二人とも、ここ二回潜ってなかったの? ナオと国村さんは先週いたよね」
ほっそりとした25歳くらいの女性と大柄な少し年上の男性がうなずいた。
「俺は先々週に潜ってます」治療術師の武智健司(たけち けんし)が手を上げた。
大竹と高村が顔を見合わせた。
「俺は三週間ぶり」
「俺もです」
「中国だって?」
「ええ、部品の買い付けで。大竹さんは?」
「俺は宮崎」
「はいはい」
まるで週末の居酒屋のような会話を止めて、全員を向かせた。小さくはないメーカー企業の販促チームを日々仕切っているからだろうか、迷宮街でも彼女がまとめ役になっていた。
「タケとユウがなまっているから、今日は第二層だけにしておこうと思うんだけどどうかな?」
同意をこめたうなずきが五人から返ってくるのを確認し、桐原は白板に全員の名前を書き入れた。そして『1410〜 第二層北部』と。
「じゃ、始めましょうか。よろしくお願いします」
唱和される声。大竹を先頭に階段を下り始めた。
彼女たちは迷宮街でも少数派の『週末探索者』と呼ばれる者たちだった。きちんとした収入源をもっており、ここには週末だけ訪れる。目的は千差万別で小遣い稼ぎもいればストレス発散もいるし、スリルを楽しみに来るものもいる。桐原は運動不足解消だ。29にもなると、週に一度は心身を酷使して疲れてぐっすり眠る夜がないと肌はどんどん衰えてしまうから。
彼らには高尚な理由も切迫する理由もない。週末にテニスをするか映画を観るか化け物を殴り殺すか、それだけの違いだった。