出入り口詰め所

 17:21

顔なじみの買取担当の娘が手元に回されてきた紙片に目を落とした。そして表情がこわばり、普段なら読み上げる紙片をそのまま差し出した。どれどれ、と進藤典範(しんどう のりひろ)はそれを覗き込んだ。そして娘の絶句の理由を知った。 商社が設置したゴン…

 07:08

葵ちゃん! と嬉しそうな声がして真壁啓一(まかべ けいいち)はそちらを見やった。そこにはそろそろ壮年を過ぎようかという男性が一人立っていた。笠置町葵(かさぎまち あおい)に向かって笑顔を向け久しぶりだなあ、大きくなってと肩を叩いている。葵もそ…

 06:53

仲間の死には慣れている。地下は自分たちにとってあまりに過酷であり世の中には運不運というものが歴然としてあるからだ。しかし安置室に並んだ三つの屍を前にして津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はやるせない思いを抑えられなかった。理由はいろいろあっ…

 06:42

秋谷佳宗(あきたに よしむね)の戦いぶりをさして「踊りのよう」と表現する連中は、当然彼のもう一つの顔を知っているからそういうのだろう。しかしそれを差し引いたとしても背筋が常に伸びて安定した下半身の動きは優雅な印象を見るものに与えた。しかしそ…

 21:35

もういちど隊員を召集したのはもちろん緑川浩一郎(みどりかわ こういちろう)の報告に不安を感じたからだ。とはいえ部隊のリーダーとして仲間の心配をしたわけではない。大量に投入される一般人作業員の護衛として地下に潜る部下たちの心配だった。くつろい…

 14:35

会話をしたことはなかったが面識はあった。先月の半ば頃、探索者の救助にすこし協力した際にその場にいたからだ。その翌日にも妻と食事をしているときに女帝真城雪(ましろ ゆき)にくっついて挨拶にきたはずだ。理事の娘で――名前は、翠。そう。笠置町翠(か…

 19:01

資料室から漏れてくる不審な音で三峰えりか(みつみね えりか)は目を覚ました。寝てしまっていたことに気が付いて、慌てて顔の下に敷かれていた手紙を見下ろす。よだれの跡がついていないことにほっとした。自分は寝言もいびきもないけれどそのかわりよだれ…

 11:25

「昨日も来てたんですか?」 国村光(くにむら ひかる)の驚きの声に星野幸樹(ほしの こうき)は頷いた。昨日は自衛隊員として、今日は探索者としてだと言う生真面目なその顔に藤野尚美(ふじの なおみ)が敬意のこもった視線を向けた。 「まあつまりあれだ…

 12:32

腹減った腹減ったと唱和しつつ示威部隊が地上に戻った。留守番役の太田憲(おおた けん)、落合香奈(おちあい かな)がお疲れ様と出迎え、ビニール袋の中から折り詰め弁当を取り出した。そして大きなお鍋。これは落合が北酒場のコックに頼んで作ってもらっ…

 15:28

常盤浩介(ときわ こうすけ)は、読んでいた文庫本から視線を上げた。目の前には白衣を着た女性が一心に書き物をしている。さきほどまで隣接する製品の抽出ブースにこもっていたから、検査結果を整理しているのだろうか。ここは迷宮の出口を囲むように建てら…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

 11:47

目の前でいらいらと携帯電話を耳につけているのは、この街の探索者でも重要人物の一人、真城雪(ましろ ゆき)だった。彼女については特別なファイルが編集してある。いわく、最強の戦士の一人。いわく、この街での最高権力者で通称『女帝』。いわく、唯一ロ…

 11:19

電話が鳴った。自衛隊の詰め所に設置されたそれは迷宮内部からの直通電話だった。一般人である自分がとっていいものだろうか? と後藤誠司(ごとう せいじ)は一瞬だけ考えた。いや、いいのだ。迷宮内部から電話をかけるということは、大抵の場合「○○の部隊…

 10:12

初日に挨拶した若い娘が謝りながら飛び込んできた。そして自分の姿を見て立ちすくんだ。確か三峰えりか(みつみね えりか)という名前だったはずだ。社内名簿のファイルによれば二五才、神戸の大学院を卒業してすぐ技術者として入社し、昨年の探索開始からこ…

 14:15

間光彦(はざま みつひこ)は目の前の女性を別人かと思った。東京で訪問し、インタビューを重ね、新幹線車内で横顔を映していた女性は社交的だがあくまで温和で、一流企業の販促プロジェクトを弱冠にして指揮しているとは思えない女性的な物腰をしていた。そ…

 14:07

「うーわー」 と間延びした声を聞いて、桐原聡子(きりはら さとこ)は振り返った。仲間の戦士である大竹真二郎(おおたけ しんじろう)がホワイトボードの前で口をあけている。 「タケ、どした?」 「いやあ、これこれ。さっちん、これ見てよ」 指差したホ…