国村光

 09:18

大仰にならぬよう気をつけつつ、少し時間をもらえないかと上司に頼んだ。自分たちの残業申請書に判子を押していた彼はその手を休め、国村光(くにむら ひかる)を見上げる。この場でいいか? できれば別室でとの言葉に立ち上がった。 小さなミーティングルー…

地上で待機していた高田&星野隊すら臨時に出る必要がなく、第二期の一〇部隊による第一層の移動護衛だけで工事が全て終了した。最終日、一番大変だと思われていた第四層だったけれどもたくさんの助っ人のお陰で無事に済んでよかったと思う。俺も午後から詰…

ユッコにアキ、元気ですか。夢にまで見ただろう秀美さんです。とまあ、先週会ってるんだからありがたみも50%増しくらいかな?(増えるのかよ) あの日なんだけど、迷宮街に帰ったら雪ふってたよ。もうなんというか、私みたいな女にはこの街はつらすぎると思…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

 10:25

左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を…

昨日は夕方からずっと雨でどうなることかと思ったけれど、今日はいい天気! こんなことなら黒田さんたちとご来迎を拝みに行けばよかった。それでも木賃宿の屋上から眺める朝もやの京都市街は非常にきれいだった。洗濯物も乾きそうだし。 本日もまた示威部隊…

俺には腕力も体力もないけど、反射神経とスピードはあるつもりだった。だから、そう、きっと五キロはあるツナギのせいなのだろう。鈴木秀美(すずき ひでみ)さんに駆けっこでまったく追いつけなかったのは。 今日から二日まで詰め所で示威部隊に加わる。今…

 11:25

「昨日も来てたんですか?」 国村光(くにむら ひかる)の驚きの声に星野幸樹(ほしの こうき)は頷いた。昨日は自衛隊員として、今日は探索者としてだと言う生真面目なその顔に藤野尚美(ふじの なおみ)が敬意のこもった視線を向けた。 「まあつまりあれだ…

昨日国村さんに教わったように、筋肉を意識しながらジョギングとストレッチを中心に午前いっぱい汗を流した。実際に意識してみると、自分の動きは雑なんだということがよくわかる。同じお皿を持ち上げる動きでもきちんと筋肉を理解して効率よく動かしたほう…

第二層で地図ができている個所をすべて歩き終わった。曲がりくねった洞窟だから正確な大きさはわからないけど、歩いている時間だけで五時間はあったと思う。体感的に時速四キロくらいの速度で進んでいるから、ゴツゴツした洞窟内を警戒しながら二〇キロは歩…

いつものように午前七時、道具屋の前に集合した児島さんの様子がおかしかった。本人は不調を感じていないようだったけれど、顔色が明らかに悪い。最初の顔合わせのときに児島さんが提案したこと、本人が大丈夫と思っても明らかに体調が悪そうだったらその日…

 14:07

「うーわー」 と間延びした声を聞いて、桐原聡子(きりはら さとこ)は振り返った。仲間の戦士である大竹真二郎(おおたけ しんじろう)がホワイトボードの前で口をあけている。 「タケ、どした?」 「いやあ、これこれ。さっちん、これ見てよ」 指差したホ…

打撃力★★★★☆ 防御力★★★★☆ 動作速度★★★★★★ 入力への反射速度★★★★★★★ 体力★★★★★ 気力★★☆☆☆ 投げ技 少林寺拳法系 素手のダメージペナルティなし リーチが長い 衣装 ツナギ(白地で胴体に斜めの虹)/スーツ

探索者に対する批判でもっともふさわしくないものは吝嗇だったが金銭に無頓着であるわけでは決してない。明日をも知れぬ身であるから金には恬淡としており、高額の出費を担うことも高額の収入を求めることもごく自然に身についた態度だった。屠った生き物の…

常に明確に未来の筋書きを予想する。 その筋書きをもとに最適な自分の行動を計画する。 実際の事態の推移はもちろん予想通りにはいかないから、どのようになぜ異なったのかを確認する。 これは大なり小なり社会人の大半が意識していることだったが、その度合…

「・・・黒田くん」 その声だけを聞いた者がいたとする。そしてその人間が本日この街で剣術トーナメントが行われたとだけ知ったとする。それでも絶対に、その誰かはトーナメントの準優勝者とドアの向こうからもれてくる声の主を一致はさせるまい。黒田聡(く…

礼を終えて振り向いた黒田聡(くろだ さとし)の身体が揺れた。ああ、音ってのは空気の振動なのだなと実感させてくれるほどの拍手と喝采が自分と国村光(くにむら ひかる)に向けて降り注がれている。左肩の付け根はずきずきと痛んだけれど、自由になる右腕…

「降参してください、国村さん。今の俺は寸止めができません」 静謐な表情をしたままのその言葉に国村光(くにむら ひかる)は自分の敗北を悟った。うそをつける顔ではなく、であれば、うかつに動かれたら相手を殺さずにはいられない境地にまで黒田聡(くろ…

何をしたいかはもう決まっていた。そのために何をするべきかの計算ももう済んでいた。その計算式はすべて破棄し結果だけを心に刻み、そのために行動に迷いは起こさない。黒田聡(くろだ さとし)はただ彫像のように木剣を振りかぶりこ揺るぎもしない。 向か…

すでに三度の突きを放っており、勝負はまだついていない。黒田聡(くろだ さとし)はさきほどの突きの射程距離に怖れをなしたのか大きく跳び退ってかわすだけで反撃まではできないようだった。そうでなければ困る、と国村光(くにむら ひかる)は焦りをかす…

開始の声と同時に構えたのは、国村光(くにむら ひかる)の奇襲を恐れてのことだ。とはいっても開始と同時に切りかかるといった簡単な話ではない。こちらの気が満ちている状態でも間合いにいればすべての行動が奇襲になるのが目の前の男だった。 戦闘におけ…

目を閉じたままでも周囲には気を配っており、平べったい音を上げるスリッパの足が自分をめがけてやって来ることに気づいていた。だから、来客が声をかける前に国村光(くにむら ひかる)が顔をあげたことで神田絵美(かんだ えみ)は驚いて立ちすくんだ。 「…

心配していた太腿は骨折などしていなかったようで、国村光(くにむら ひかる)はほっと安堵のため息をもらした。さすがにぶあつい筋肉に守られているだけのことはあり、ここに比べたら右胸の方が怪我としては重いと触診を終えた今ならばわかる。それなのに試…

その腕にすがりつきへたり込んでようやく、その細くて小さい腕が自分を全く支えられず引きずりおろしいる体勢になっていることに気づいた。国村光(くにむら ひかる)はその小柄な女性(名前はなんといったろう? 先ほどまで黒田の看病をしていた女性だ)に…

首の稼動範囲ではかわせない。至近に迫った神足燎三(こうたり りょうぞう)の表情、実はまだ一本残っていた(いったい、どこに!)木刀を掲げたその腕の位置、距離とこれまでの経験から予測される木刀の速度をすべて考え合わせての国村光(くにむら ひかる…

お前ら、声がでかいぞ。神足燎三(こうたり りょうぞう)は背後から聞こえてきた会話に苦笑した。自分の位置では一言一句もらさず聞こえたその会話、自分の残弾数を正確に看破したその会話はもしかしたら向かいに立つ男にも届いたかもしれない。女帝との会話…

白線いっぱいまで下がった国村光(くにむら ひかる)の太ももはすでに放送席の机のふちに触れており、つまり木刀から観客席を守るべき『ネット』たちはその間に陣取ることはできなかった。それは国村を狙って放たれる木刀のうち低い弾道のものは誰にも邪魔さ…

息を整えながら身体の様子を再確認しようとした。それを阻害するのは間断なく伝えられる右腿からの痛覚だった。貫かれたわけでもない切り裂かれたわけでもない単なる打撲が思考力を奪うほどの警鐘を鳴らし、ともすれば闘志すら削ろうとしていた。震える奥歯…

化け物め。 国村光(くにむら ひかる)の渾身の胴をやすやすとかわし反撃の小手を(かわされたものの)打ち込んでいてなお、神足燎三(こうたり りょうぞう)は背筋が冷えていくのを抑えられない。二発の木刀をかわしてのけるのは当然だとしても、倒立の姿勢…

はじめの声に腰をぐんと落とした。普段はやわらかい太ももが硬直し膨張するのが自分でもわかった。反応速度は今日いちばんだ、と自分の身体への満足感とともに国村光(くにむら ひかる)は視線を対戦相手に当てた。敵手である神足燎三(こうたり りょうぞう…