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「おう浩介、俺は決まったよ。明日潜る」
児島貴(こじま たかし)は、前方から歩いてくる常盤浩介(ときわ こうすけ)に声をかけた。常盤は、俺はだめみたいです、と肩をすくめた。そのまま連れ立って北酒場に向かう。
ドリンクバーのキーカードを買った。210円。これを提示すればカップを受け取ることができ、ノンアルコールの飲み物は飲み放題になる。
「まあ児島さんが決まったんならよかったですけど。どの部隊ですか?」
「恩田さんのところ」
「恩田? …・…ああ、あの人まだいたんだ」
恩田信吾(おんだ しんご)は彼らと同じ日に初陣に挑んだ探索者だった。彼らにとっても友人だった小寺雄一(こでら ゆういち)と治療術師を失って部隊は解散したはずだ。小寺の遺体に別れを告げた時に見かけたが、それで迷宮街を去ったのだと思っていた。
「新しい部隊を組んでいる最中だけど、とりあえず治療術師が見つからないと。それでも経験は積んでおいたほうがいいから、治療術師は代打でいちど潜るらしい」
常盤は立ち上がり、隣りのテーブルから灰皿を取ってきた。タバコに火をつけて煙を深く吸い込む。
「それにしても、葵さん一人お休みしただけなんだから同じように代打を探すくらいすりゃいいのに」
常盤の不満げな呟きに児島は苦笑した。
「ここに来て三週間、ハードだったから骨休めもしたかったんだろう。俺たちみたいにすぐ金が必要というのでもないだろうしな」
「真壁さんは東京ですって?」
「翠ちゃんもついていったらしいよ」
「マジすか? あの二人いつからそういう関係に?」
「おまえの思っているそういう関係がどういう関係かわからないけど」
「うーん、主従関係。真壁さんせっかくの帰省なのに…・…」
児島は声をあげて笑った。
「主従か。近いな」
一緒になって笑っていた常盤だったが、ふと眉をひそめた。
「いよいよ金曜は第二層ですね。ちょっと気になったんですけど」
「なにが?」
「第一層が問題なくクリアできたら第二層――迷いがないですね」
「そうだな」
「第二層が問題なくクリアできたら――」
「第三層」
「俺たちにはまずくないですか? 実際、月に十日フル活動すれば二人で治療費は払えているわけだし、賠償金も少しずつ払えてる。俺たちにとっては死ぬ危険が増える第二層に降りるよりは、第一層で一日おきくらいで潜ったほうが効率的だと思うんですよ」
「――まあ、そうだな」
「急場にそして定期的に金が必要でやってくる人間は他にもいると思うんです。そういうのを集めて、安全第一、定期収入第一で潜ったほうがいいんじゃないかと」
児島は大学の後輩の顔を見つめた。初めて会ったときに照れながら、大学生らしくないけど勉強が好きなんですよと笑った顔。そういったものをすべてあきらめてこの街にやってきた男。まだ20歳にもなっていなかったはずだ。この先ずっとこの街で金を払いつづける人生でいていいとは思えなかった。
「とにかく、第二層に潜ってみよう。もしかしたら第二層でも週三で安全と思えるかもしれないしな。確かに確実にわずかずつ払いつづけるのも方法の一つだ。でも考え方がおっさんくさいおまえさんとは違って俺には夢も希望もあるからな。年季は早いところ明けたほうがいいし、そのために収入と危険の最高のバランスを探すべきだと思う」
「俺はおっさんじゃない!」
「いずれにせよ皆に相談して考えよう。確かに彼らは金に困っちゃいないし、旅行にも行ける。俺たちとは違う。だからってこっちから壁を作る必要はないからな」
しばらく顔を見つめた後、常盤はしっかりとうなずいた。