児島貴

 18:30

その顔色を見て、真壁はいかん、と思った。首筋まで真っ赤な児島貴(こじま たかし)はもうすぐ人語を理解しない状態になり、そして常識を理解しない行動をするようになる。 「いろいろありがとうございました」テーブルに身を乗り出して児島に怒鳴った。隣…

 13:37

もとの皮膚の色がどうだったのかわからない。しかし六人で見下ろすその化け物の肌は、明らかに不自然な紫色をしていた。禁術の産んだ死の不健康な何かに満たされたその身体はしかしまだ息があり、ずるずると奥へと這っていく。 「なんだかかわいそう」 笠置…

 13:36

先陣を切って走り出した背中を追った。あくまで冷静に、いい奴らだな、と気分が昂揚した。こいつら――大きな男は違うらしいが――だったら可愛い従妹たち(意識の中では妹だったが)を任せて安心だ。激戦を数秒後に控えてなおその心は落ち着いている。眼前にい…

 13:36

葵! と先頭左翼を走る真壁啓一(まかべ けいいち)から声がかかった。俺を援護しろ! 二人はいい! 背中にべっとりと汗をかく緊張と恐怖の中で改めて、すごい人だと感嘆した。先陣をきって走りながらも自分が一番弱いことを簡単に認め、自分は全員が生きる…

 13:36

児島貴(こじま たかし)がたった一つ欠かさない訓練がある。それは山中で地面を見ないように走ることだった。山に慣れれば足の裏にも目ができる、とある登山を趣味とする探索者に教えられて以来無理を承知でやっている訓練だった。全職種共通で必要なことだ…

 13:35

たぶんビンゴですよ水上さん。作業員たちがプロの面目躍如であっという間に広げて二人ずつなら通れるようになった空間に入り込んですぐ、常盤浩介(ときわ こうすけ)が言った言葉だった。壁を抜けたそこはかなり広くまっすぐに東に向かっている。ヘッドライ…

 07:08

葵ちゃん! と嬉しそうな声がして真壁啓一(まかべ けいいち)はそちらを見やった。そこにはそろそろ壮年を過ぎようかという男性が一人立っていた。笠置町葵(かさぎまち あおい)に向かって笑顔を向け久しぶりだなあ、大きくなってと肩を叩いている。葵もそ…

 19:44

ジョッキがぶつかる音は常よりも大きく思えたが、常盤浩介(ときわ こうすけ)の心のうちには納得している部分もある。四角いテーブルの一角を占めた四人は四人とも目の前で激戦をたっぷりと見せつけられたのだから。うち二人、青柳誠真(あおやぎ せいしん…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

今日から迷宮街内部限定で日記の一般公開だ。とりあえずは部隊の仲間たちにパスを教えて見てもらっている。みんなにやにやしたり奇声をあげながら読んでいた。まあ、読み返してみると密度濃く行動した相手は翠以外にはいないし、彼らには懐かしい日々を再確…

今日の女帝。 「まさかこんな下賎なところに住まうハメになるとは思わなかったわ」(わずかな着替えだけ持って木賃宿を見上げたセリフ) 今日は探索の日。とても危ない局面があった。何度目かの戦闘で死体食いといわれる小柄な生き物(骸骨やなにかと同じく…

台風一過。といいたくなるほどいい気分だ。昨日の朝、原因不明の体調不良に見舞われたけれど一日かけて水を飲んでは吐いてを繰り返した結果、かなりいい感じに身体をクリーンにすることができた。やっぱり運動しないで食べてばかりいたのが原因だと思う。難…

今年も残すところあと三日。日記をつけ始めたのが11月1日だったから、もう二ヶ月も続いたことになる。最初の頃にあった「明日死ぬかもしれない」という切迫感はいまはもうない。別に死なないと思っているのでもなく、死んだら死んだで仕方のないことだと受け…

 9:11

過去、71人のベトナム戦争従軍者を取材したことがあったがその際に強く感じたことは彼ら戦争経験者は一様にそのことに関して口が重くなる傾向があるという事実だった。ありもしない戦争経験(それは映画のあらすじに酷似していた)を自分の記憶として吹聴し…

『ノーモアクリスマス!』 パレードは首謀者の真城さんが突然「いやホントごめん! マジで! あとよろしく!」と言いながら裏切ったものの、参加人数24人と犬3匹という立派な成果をあげた。馬鹿ばっかりだ、この街。先頭は真城さんに選んでもらった高級服に…

日陰の雪もほとんど溶けた暖かい一日。 常盤くんからメールあり。以前書いた、事故を起こして意識不明だった彼らの友達が亡くなったのだそうだ。今日が本通夜、明日は葬式だけど明日の午後中に帰ってくると言っていた。残りの四人で話し合った結果、水曜日は…

 17:34

今回も簡単にねじ伏せられると江副文雄(えぞえ ふみお)は思っていた。最後に会ったときその男はあくまで平身低頭しており、意識不明の友人を心配すると同時にそれよりも強く美奈子の死に罪悪感を感じていたのだから。だから、奴の通夜に出席したのはあくま…

第三層への初挑戦は無事に終了した。第三層では最強の怪物である緑龍に対しても無傷で勝利した。本当に強いなうちの部隊というか笠置町葵は。他の五人が束になっても彼女一人にかなわない自信がある。 それでも強い化け物の代名詞とされている緑龍を幸運とは…

 15:23

ツナギの素材や厚さには職業と体力に応じて差はあったが、ブーツはみな同じものだった。スキーのブーツを皮製にしたと思えばいいだろうか。スネの半ばまで覆う牛皮には足の甲に二箇所、足首〜すねに二箇所の留め金があり調節/着脱ができる。かつては紐を使…

 9:12

「お宝とりまーす!」 いつもはつまらなそうにしている娘の元気な声に、恩田信吾(おんだ しんご)は何かいいことがあったのだろうと嬉しく思った。罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)は見かけにも年齢にもよらず豪胆な娘で、それは仲間として頼もしいこと…

今日が第二層最後の日。バンドマン二人が決心して次回からは第三層に潜ることにする。今回は第二層で数回戦闘してある程度の収入を確保してからエディの訓練場に向かった。俺たち前衛の訓練ではなく、後衛の三人が少しでもスピードに慣れるのが目的だった。…

迷宮街だけではなく地下までもクリスマスに突入。 何かというと、葵のツナギが「クリスマスバージョン」になっていた。ベースを赤に、フードのふち、袖、足首、ウェストラインが白いというもの。書き忘れていたけどツナギの色は基本料金で各人自由に選べる。…

寒い寒い! 今日は雲ひとつないいい天気だったのに、その晴天も「風に雲がふきとばされたから?」と思えてしまうくらいに寒い一日だった。モルグで寝起きしていると、大概六時ごろに目覚ましでいったん起こされる。大半の探索者は感覚が鋭敏だし、その時間に…

第二層で地図ができている個所をすべて歩き終わった。曲がりくねった洞窟だから正確な大きさはわからないけど、歩いている時間だけで五時間はあったと思う。体感的に時速四キロくらいの速度で進んでいるから、ゴツゴツした洞窟内を警戒しながら二〇キロは歩…

いつものように午前七時、道具屋の前に集合した児島さんの様子がおかしかった。本人は不調を感じていないようだったけれど、顔色が明らかに悪い。最初の顔合わせのときに児島さんが提案したこと、本人が大丈夫と思っても明らかに体調が悪そうだったらその日…

迷宮探索も第二層にさしかかり、今回で二度目になる。この階層の何よりの特徴といえば毒気を吹き付けてくる化け物が現れたことだろう。活性剤は、使い捨ての注射器とセットで一本8,000円もするけれど前衛は一人につき二本、後衛は運動しないからより持ち運び…

 10:11

鋭い呼気とともに繰り出された切っ先が青鬼の胸を刺し貫き、四肢から力と生命が抜けていった。支えを失ってくずおれる重みにあわせるように鉄剣を引き抜く。その動作は場慣れしており、見ていた児島貴(こじま たかし)は少し感心した。恩田信吾(おんだ し…

 13:20

「おう浩介、俺は決まったよ。明日潜る」 児島貴(こじま たかし)は、前方から歩いてくる常盤浩介(ときわ こうすけ)に声をかけた。常盤は、俺はだめみたいです、と肩をすくめた。そのまま連れ立って北酒場に向かう。 ドリンクバーのキーカードを買った。2…

二度目の迷宮探索も無事終了した。敵は青鬼(コボルド)五匹の集団と、赤鬼(オーク)三匹の集団、そして骸骨(アンデッドコボルド)五匹の集団だった。 まずはセオリー通りに入り口右手の部屋に入った。いちど合言葉で開けてみたくて言わせてくれと頼んだら…

明日はいよいよ初陣だ。これが最後の日記になるかもしれない。もちろんそんなつもりはないけれど。 今日は午前中に道具屋で装備品を受け取り、午後から集団戦闘の訓練をした。二対一で片方が動きを止めて片方が打ち込むとか、アイコンタクトで前衛が後衛をか…