(前略)…・…とはいえ当時の日本人たちが現代の日本人とまったく別種の存在であり、だからこそあのような軍部の独裁を許したと考えるのはおそらく妥当ではないであろう。あるいは悪しきは旧軍指導者のみであり当時の民衆はあくまで無知でありかつ軍部の持つ暴力を恐れたのであり被害者なのだと弁ずるのも妥当ではないと思われる。もちろん当時の教育と偏向した報道は大きな影響をそこに見出せるであろうし、人間という存在そのものに帰せられる弱さ(それはしばしば社会性という名前を冠せられる種類のものであるが)も当然無視することはできない。しかしそれらすべてのことを考えた上でもやはり日本人という一民族の特徴があの時代には現れていたと考えることは相当程度に妥当であろう。であるならば現代の私たちにできることは、日本人というものの本質を考察し、過去の失敗(それは戦争をしたことでも負けたことでもない。それどころか失敗があったのかどうかも考察の課題となろう)のうち避けるべきであったもの、不可避であったものを峻別することではないだろうか。そのためには日本人という民族の特質を浮き彫りにする必要がある…・…(中略)…・…京都市街に口を開いた大迷宮は、現代の世界においても異質な存在である。そこには紛争地域並みの死亡率があり親しい人間を失う可能性がありながらも、また同時に世界でも類を見ないほどの生産と消費のサイクルがある。そこに集まる探索者と呼ばれる人間たちが一日に消費する金額の平均はG7各国の知的エリート層(不動産収入などの基盤を持ついわゆる『貴族』を除く)のものを凌駕するか、あるいは匹敵している(迷宮探索事業団 2003)。この箱庭は管理する迷宮探索事業団の巧妙な差配により外部の社会と共存共栄を成し遂げており、閉鎖的になるという陥穽から自由であるために第二期探索者募集中の現在で、日に30名近くの新規登録希望者が訪れている。死亡率一七・七%(第一期探索者)という明らかな危険地帯を訪れる彼らはやむにやまれぬ事情(紛争地域にいる人間のほとんどにはそれがある)を持たず、自分の意志でここにやってきている。…・…(中略)…・…極端な状況では人間性のありとあらゆる面が浮き彫りにされる以上、この街で繰り広げられていることは現代日本人を考察する上で大きなヒントになってくれると推測される。…・…(後略)