午前中から訓練。青柳さんとチャンバラをしていた。この青柳さんという人は同じ戦士としてとても不思議な感じがする。こうやって訓練場で向かい合っている時はとりたててすごいとは思えない、津差さんや神崎さんと比べると明らかにレベルは下とわかるのに、いざ迷宮内部で戦っている姿を横目で見るとすごい迫力なのだ。同じ鉄剣を振っているとは思えないくらい怪物が潰れるし、俺のツナギなら破ける爪や牙が滑ってしまっているようにも見える。もちろん隣の芝は青いからそう思うに決まっているけれど、なんとなく、青柳さんは俺とは覚悟の量が違うのかなと今日思った。
午後は青柳さん、その恋人の久保田早苗(くぼた さなえ)さんと一緒に平等院に観光に。その時に入った喫茶店で抹茶パフェを食べながら(ちなみに、抹茶パフェは高台寺近くの都路里がうまい)聞いたのだけど、早苗さんは結婚したことがあり、大迷宮が今のところにできた京都大地震で旦那さんと息子さんを喪ったのだという。地震のためか青柳さんがかつて言った「夜な夜な現れては周辺住民に危害を加える化け物たち」に殺されたのかまでは当然聞けない。けれどずっと不思議に思っていたことと関係しているかもしれない。
由加里が毎晩電話の声を聞きたがるように、津差さんが恋人と別れたように、神崎さんや黒田さんが決して一人の女性を特定したりしないように、俺たちを取り巻く女たちは明日にも起きるかもしれない別れに対して非常な恐怖を感じなければならない。青柳さんに恋人がいると知ったとき、どうやって納得してもらったのか訊いた。自分と由加里の関係にヒントになるかと思ったからだ。その答えは印象的で「俺も早苗も迷宮街に縛り付けられている」とのことだった。無責任な想像だし、公開するときには削除するつもりだけど、おそらく久保田さんは家族を化け物に殺されている。本当なら彼女も迷宮街に来たいのかもしれない。だから青柳さんが生命を危険にさらすことを受け入れられるのかも。青柳さんには二人分の想いがあるのかもしれない。
しかし、俺が何よりもショックを受けたのは、彼女のお子さんが化け物に殺されたのかもしれないという想像を俺がする上でまったく心に動揺するものが生まれないという事実だ。俺のみならず探索者には自分と他人の生命を軽く見る傾向があるが、それを適用していいのはあくまでも自分の意志で探索者になったものだけのはずだ。久保田さんの身の回りの不幸を、俺たちと同列に扱っていいはずがない。
迷宮街で死ぬのは生命だけではないのかもしれない。地下で繰り広げられる戦闘、生命を脅かすそれが自分の手に余る程度に激化したときに逃げ出す準備はしっかりできているし、その見極めは毎晩その日の戦いを思い返すことでぬかりがない。しかし、それだけじゃだめだ。自分の感受性、やさしさ、良識――人間性と呼ばれるすべてのものの不調にも俺は同じように意識を向けないといけない。
この異常な世界に慣れてしまったとき、それは外に出してはいけないものになってしまうような気がする。
自戒のために、明日からは、そういった例をいくつか書こうと思う。