今日は11時までパトロールなのでこの時間から書く。パトロールというのは探索者の戦士たちが自発的に組んだ自警団のことだ。迷宮街は街という名前だけど、交番が一つあるだけで警察力はほとんどない。もっとも陸の孤島というわけでもないし、不良少年と駐車違反が少ないこの街なら必要ないのかもしれないけれど、それでも珍しいことだろう。そこを補うのが探索者の自警団だった。とはいえ自警団にはもちろん現行犯以外の逮捕権限はない。主に喧嘩の仲裁が役目だった。当然選ばれるのはある程度以上の実力がある戦士のみ。俺も今日からおおせつかった。津差さんに遅れること四日、第ニ期の探索者では三番目になる。もちろん一番はうちのボスだ。
喧嘩の仲裁とはいえ血の気の多い探索者のこと、いちいち取り締まっていたら身がもたないし、すべての探索者にとって身体は資本だから深刻な事態にはならなかった。俺たちが出馬するのは、鍛えられたその力が普通の住民に向けられた場合のみ。そしてそのために自警団を組織しなければならない事実は、迷宮街の悪い一面を示していると思う。
人より優れた力を持った人間がそれを恃み傲慢になってしまうというのはこの街に限ったことではない。どんな学校にも高学年であることをかさにきて威張る奴がいるものだし、どんなテレビドラマにもいやな上司は登場する。でもそれは別に問題ではないと思っている。その力が、その人間のものでない限りは。
権力、財力、年齢といったすべては他人からその価値を認められて初めて効果をもつ。だから暴君を倒すにはその生命を止める必要はない。彼から権力を奪うことができればそれでいい。その意味で、世間一般にいる暴君たちは虎の威を借る狐だということができる。でも、迷宮探索で鍛えられた人間の肉体の力は別だった。それは、たとえば腕を切り落としたりしない限りいつまでも彼のもとにありつづける。本人が改心しないならば、その迷惑を止めるには非常手段をとらなければいけない種類のものだ。いきおい、権力やら財力やらをよりどころにする人間よりも傲慢の度が深くなる。
それを止めるために探索者が有志で自警団を組まなければならないという事実は、力を鍛えても悪しき人間性は矯正されない事実を示しているし、たとえば警察署を設置したり自衛隊に臨時に権限を与えるなどという公の力で処理できないでいる現状を示している。
でも、ここ以外のどこでだってそんな対処はできないことだった。迷宮街の中ならば、そういった常識を超えた戦闘能力がいることが予想されてそいつらの暴力を抑止する手段も考えられるが、これが外の世界に散らばっていったらどうなるだろう? うまく立ち回るずるがしこさを備えたヘラクレスは、普通の人々にとって悪魔にもなりうるのではないだろうか。
他人の気持ちをどうこうすることはできない。少なくともこの街では探索者がカタギの人に迷惑をかけようと思ってもできないくらい、俺たちが目を光らせるしかない。あとは、自発的に俺たちの側から自警団が生まれたことに希望をもつしかないのだろう。
何かの本の中で、「生物がより文明化されるとは身体の中にあらゆる種類の病原菌を蓄えることであり、社会がより文明化されるとは社会の中にあらゆる種類の悪徳の種を蓄えることだ」という文章を読んだことがある。一度克服した病原菌に抗体ができるように、社会も怠惰や貪欲、暴力や差別という悪徳を身のうちに供えることで、それで絶滅しないようになるという話だった。迷宮街で生まれた、普通よりも強靭だが自制心は平凡という存在。これも一つの病原菌なのかもしれない。この街で培養され、少しずつ広がっていき、迷宮街の外でもなんとか共存の方法を見つけるようになるのかもしれない。でも今は対処療法を続けるしかないのだろう。この街が外国人に解放されていない理由が少しだけわかったような気がする。この街が生むのは富だけじゃない。伝播を慎重に見守らないといけないような存在も生み出しているのだろう。