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乾杯をした時点では確かに二人だった。しかし一五分後には差し向かいのテーブルから円テーブルに移り、五人が腰掛けていた。
神田絵美(かんだ えみ)が製造に携わったログハウス風犬小屋も本日無事完成し、手伝い半分話し相手半分で見物していた小林桂(こばやし かつら)に礼をかねてお酒をおごりたいといわれ、二人して北酒場にやってきた。旧友と飲む久しぶりのビール、喉を焼く苦味に意識を半ば飛ばしつつあったところに声がかけられた。
そこにいたのは真城雪(ましろ ゆき)という第一期からいる探索者だった。美人で活動的な彼女は迷宮街でも屈指の剣士として有名だったから、当然小林も見知っている。彼女は神田と同じ部隊だった。その隣りには見覚えのない男女が立っていた。ごく自然に神田がお通しを持って立ち上がり、場所が円テーブルに移された。
西野太一(にしの たいち)、鈴木秀美(すずき ひでみ)と自己紹介をされた。ともに第二期の探索者だという。正直なところあまり探索者と深くかかわりたくなかったし、新しい知り合いも作りたくなかったのだが、それを言い出せる雰囲気ではなかった。
改めて乾杯を交わした直後、西野があげた言葉が彼女を金縛りにした。彼は知り合いを呼ぶ口調で叫んだのだ。今泉、と。
「うっわ大人数ですね。また宴会ですか?」
声も語調も聞き覚えのあるものだった。夢にも出てきたことのある声。夢の中で彼女を責める声。
「お前も飲めよ! 明日は休みなんだから!」
心から誘うテーブルの面々に、彼に顔を見られないようにうつむきながらも嬉しさを感じている。どうしてこの街に来たのかは知らない。でも彼はこの街で一人きりではないのだ。
「まあたまにはいいすね。ご馳走になろうかな」
ガタ、と自分の隣りがあけられた。ぎょっとして顔をあげる視線が今泉とぶつかりあった。途端に彼の眉がいぶかしげに寄せられた。
「あれ、どこかで」
「道具屋の小林さんだよ」西野の声。
「いや、道具屋じゃない…・…小林、こば…・…小林先生?」
びくりと身体を震わせた。
先生? と神田が驚きの声をあげた。桂、家庭教師か何かをやってたの? と。
「いや、中学校のときの担任の、小林先生ですよね? 小林桂先生でしょう? え、ええ? 俺のこと忘れちゃいました? 住吉中の今泉ですけど、っていうかどうして先生こんなところ、あれ? 道具屋? いてえ! いててててて! 姫! 放して!」
十分に混乱している今泉の首の付け根に鈴木と紹介された少女が指を置いていた。驚いたことにそれだけで彼は身動きが取れないようだった。
「どうどう。まあ落ち着け。――小林さん、先生だったんですか?」
自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。
「ごめん、神田さん。ごめんなさい、皆さん――失礼します」
「痛い痛い痛い痛い! あれ、先生ちょっと待って! あいたたた!」
彼の声には自分を責める口調がないように聞こえる。でも、それは自分を甘やかしているだけだろう。人生を台無しにしておいて、笑顔で話してもらえるわけがないのだから。