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大事な用件がない限り探索者の体力テストには立ち会うようにしていた。だから第一期からこちら、体力テストをパスした人間をもっとも数多く知っているのは彼だったろう。いま、この街を去ったが探索者登録を取り消していない探索者たちの名前を眺めながら、よみがえる数多くの思い出に口もとのほころぶ思いだった。
ゴンドラを設置するにあたり変動相場に基づく価格体制に切り替えること――その是非を問う無記名投票の対象に、街を去った探索者たちを加えることに対し反対する声が数多くあげられたがすべて黙殺した。その声をあげる人間たち(理事を含めて)の心にあるのは探索事業を自分たちだけのものとする排他的な意識だったからだ。世間的に見て特異なことをしているからこそ、当事者以外の一般的な判断を意識して取り入れるようにしなくてどうするのか。その信念が、立場でははるかに上である理事に対する強い姿勢を支えていた。もちろん何らの関係もない人間の意見まで聞く必要はないだろう。しかし一度は探索者として登録し探索事業に対して自分なりの判断を下せる(そしてその結果探索事業から離れた)人間にも理解されるような事業でなければ推進する価値はない。頑固かもしれないが、探索事業に頓挫されたら路頭に迷うという彼なりの利己的な理由でその孤立化を恐れていた。
「迷宮街にいい印象持ってるはずないじゃないですか。そんな人たちにも票を与えたらほんとに探索自体が潰れますよ」
妻と一緒に犬の散歩をした朝、なんとなくついてきた女戦士はそのように恫喝とも取れる発言をしたが徳永はたしなめた。反対意見を言うかもしれないからという理由で発言権を与えないようなやり口がうまくいったことはないと。それは道理であり彼女もわかっていたのだろう。女戦士はしゅんとして、それを感づいたか連れていた犬が慰めるように身体をこすりつけた。
この男は――この街を去って久しいその名前はしかし懐かしいものではない。怪物をとらえた自分の写真のあまりの迫力に素質を実感し、報道カメラマンとしてなんとかフリーで食っているものだ。ニューズウィークなど海外の雑誌にはよく撮影者として名前を残している。送ったところで日本にいるかなと苦笑しながら宛名シールを封筒に貼り付ける。
この女は――教官に魔法使いの才能を誉められたと笑顔で報告にきた娘だったろうか? 初陣で部隊は崩壊し翌朝には街を離れたと聞いていた。宛名シールを貼る。
この男は――チェック漏れだ。サインペンでバツを書き、赤い字で<死亡>と大書する。
俺たちがやりますよと部下たちは言ってくれた。彼らが思いやってくれたことが示すように、この作業に費やされる時間だけ残業をしたら今日の帰りは午前様になるだろう。それでも誰かに任せるなど考えられなかった。ゆうに三千枚を超える宛名シールを貼りながら徳永は祈る思いになる。この街での経験が彼らをかたくなにしていないようにと。
彼らが挫折した挑戦をなお継続している仲間たちの飛躍を、どうか応援してくれるようにと。