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探索者の朝は早いと皆は言う。それにしても、自分たちに比べればどれほどのものがあるかとは鶴田典子(つるた のりこ)は思っている。道具屋に勤務する彼女の業務には早朝これから探索に赴く人間のツナギと剣、基本的な救急用品と行動食のザックを渡すというものがあった。ほとんどの探索者は二日おきに探索をするものの、たまに訪れるなか一日の探索者にも当然対応しなければならない。つまり鍛冶棟から最終便で運ばれてくる(八時だ!)ものなどは翌日の朝のうちに念のためパッキングしなければならなかった。その作業のために毎朝道具屋アルバイトの早番は五時半勤務開始だった。そして時にはこちらの想像を覆すような変則的な客も訪れて作業を遅らせてくれる。今朝はそんな客と二連続で遭遇する珍しい日だった。
「津差龍一郎です」
はーい津差さんねー、と既に見慣れた巨体に笑顔を向けてバックヤードに振り向いた動きが止まった。また振り返る。
「津差さんて昨日も潜ってませんでした?」
見上げるような位置で笑顔がひらめく。ええ、連荘です。
「連荘です・・・って、ツナギまだ上がって来てませんよ?」
探索を終えて道具屋に返却された装備品は四時、六時、八時の三便で鍛冶棟に運ばれる。そして翌日に洗濯/修復が行われて出来上がったものから二時、四時、六時、八時の各便で道具屋にまた運び込まれた。つまり、もっとも短いスパンでも探索と探索の合間には一日おかなければならないことになる。昨日の夕方にこの男からツナギを受取り鍛冶棟に送ったばかりだった。当然今はまだ鍛冶棟で汗と血と泥に汚れたまま積み上げられているはずだ。
ごつい笑顔が口を開こうとした時、バックヤードの扉が開いてアルバイトの女の子が顔を出した。津差さんのありますよー。
「今度から二部隊で潜ることにしたんです。ツナギも剣も二つ作りました」
なるほど、とアルバイトの子からずっしりと重いツナギを受取りながらうなずいた。そしてザックの中身を確認してその子を呼び止める。行動食が一人分しか入ってないよ、津差さん用の行動食セット作ってちょうだい!
ご迷惑をおかけします、と頭をかく巨人に笑顔でツナギを渡し、剣はいつもどおりにカウンターへの仕切りを開けた。この巨人の扱う剣だけは、その異常な重量のために迂闊に持つとふらついてカウンターを壊しかねない(かつて小林というアルバイトが実際にガラスを割った。そしてその時からさらに三キロ重くなっている)ので特例としてカウンター内部に入ってもらっている。鶴田が両手をもってしても持ち上げられない鉄の塊を軽々と片手で持ち上げる巨人に、行動食は着替えた後で受け取りにきてくださいと伝えた。広い背中が更衣室に消えていった。
「海老沼洋子です」
はーい、海老沼さんでーすとバックヤードに声をかけたら一分ほどして一セットが戻ってきた。それを渡すと怪訝そうな顔をしている。
「あの、もう一本剣があるはずなんですけど」
ええ? すみませんととりあえず謝罪して、バックヤードに声をかける。海老沼さんの剣もう一本ないー?
どたばたと背後で物音がするなかとりあえず横にどいてもらった。二刀流は久しぶりだわー、とちらりと女戦士を横目で見た。ツナギはあるのだから先に着替えればいいのに、もう一本の到着を待つつもりらしい。その神経質そうな様子が過去のある戦士と重なった。
はーい、すみませんでしたと声がして皮の鞘に包まれた切っ先が顔をのぞかせた。それを両手で持ち、やっぱり軽いわねと思いながら女戦士に渡した。彼女はおそらく今日が二刀流での初陣だろう。ツナギを抱えて女子更衣室に向かう背中を見送った。以前二刀流にチャレンジした戦士はそういえばどうなったろうか? 記憶を探りながら笑顔で探索者をさばいていく。ああ、そうそう。あの日を最後に二刀流はやめたんだったわ。死亡したからなのか一本に戻したからなのかまでは思い出せない。