23:22

コーヒーカップを口に運んでそのぬるさに驚いた。このコーヒーを淹れたのは……一時間半も前になる。いつも見ているホームページを読んで、とにかく落ち着こうと身体が自然と淹れたのだ。フィルタに注ぐお湯加減も最適、きちんと後片付けもした。落ち着けている、と思ったものだ。ただできあがりのそれを飲み忘れていただけだ。
ため息をつきカップを置いて、神野由加里(じんの ゆかり)はもう一度画面を見返した。それは現在京都にいる恋人が書いた文章だった。いや、もと恋人と言うべきかもしれない。ここ半月は連絡をしないでいたし、向こうからも来なかった。しかし彼の日記を知らされてから毎日読んでしまっている。
アベルが鳴った。どきりと身をすくませる。一人暮らしの彼女の部屋を深夜に訪れるものなどいないはずだった。たった一人、過去にしばしば訪ねた男はいま京都にいる。しかし、東京に行こうかと書いてあったし……。
恐る恐る覗き窓に目を当てるとそこには大学のゼミの同級生が立っていた。由加里は苦笑した。二時間前に京都で日記を更新しているのにいるはずがないじゃないか…・…。
「克己? なに? こんな時間に」
親しい友人であっても男相手に深夜にドアを開けることはしない。
「あ、いるな? 神野電話に出ないし、いないのかと思った」
「ん、寝てた。なに?」
「あ、ごめん。えーと、明日真壁が帰ってくるんだよ」
由加里は唾を飲み込んだ。
「お前知らないかもしれないけど、あいつの日記に書いてあった。祭やるから絶対来いよな」
「…・…いかない」
「じゃあ明日夕方五時ごろに迎えに来るから」
「行かないってば」
返答はなく、メモの紙がドアの隙間から差し込まれた。足音が去っていく。完全に聞こえなくなってからそっとその紙を取って開いた。そこにあるURLは現在彼女のパソコンにうつしだされているものと同じだった。彼女が毎晩祈るような気持ちで開いているものと。
「行かないよ」
呟くと目元に手を当てた。驚くほどの水分が指先を濡らした。