二木克己

 09:08

コーヒーカップを持ってコタツの脇に行くと、神野由加里(じんの ゆかり)は携帯電話の画面をじっと見つめていた。さっきからずっとこれだ。誰からのメールを待っているの? 二木克巳(にき かつみ)がそう問い掛けると、うん、と生返事で携帯を渡された。画…

 06:13

遠ざかる背中に何も言えずに見送ってから、殴られた頬に手を当てた。痛みはなかったが、それ以上に罪悪感が心を蝕んでいた。 「いやあ、珍しいもの見せてもらったよ」 真壁啓一(まかべ けいいち)はぎょっとして周囲を眺め渡した。誰もいない。視線を下げる…

 06:12

一時間の仮眠だけで朝六時少し前にはたどり着いた。二木克巳(にき かつみ)は迷宮街の検問外で車を停め、徒歩で街の入り口へと向かった。検問という言葉のもたらすイメージとは違い徒歩の人間であれば何時であろうと通過できるようだった。木賃宿の場所は係…

 23:42

もう何度目か忘れたくらい発信ボタンを押した。返ってくるのは相変わらずの呼び出し音だった。ため息をつきもう一度リロードのボタンを押す。相変わらず、昨日の日付の日記が再表示された。 携帯電話を繰り、一つの電話番号を表示させた。しばらくじっと見つ…

 24:02

さあ、燃料を追加しよう! と叫んだ木村ことは(きむら ことは)はもう本日は夜明かし決定であると態度で明言しており、補給部隊に命ぜられた二木克巳(にき かつみ)、神野由加里(じんの ゆかり)はコンビニに向けて歩いていた。 元気そうでやっててよかっ…

 23:25

「すっげー! 啓ちゃんがしゃべってる!」 「ほんとだよ、ってか痩せたな啓一!」 「かっこよくなってるよね!」 ロープウェイに乗っているときのように、急激な気圧の変化に鼓膜が張り詰めて唾を飲み込むまでは外の音がなんとなく別の世界の出来事になって…

 17:28

「おや、克巳も早いね」 奥野道香(おくの みちか)の言葉にテレビの前に座っている同級生が振り返って笑った。いま来たところだよ、という彼の名は二木克巳(にき かつみ)といい、大学ではゼミそしてフットサルのサークルでも同期にあたった。この部屋の主…

 17:45

約束の場所には一五分前に着いた。もう、この距離を自転車で走らなくなって四年経つ。しっかりと時間を読み違えてしまった。寒いなあ、いやだなあ、退屈だなあと最後のカーブを曲がって開けた駅前には見知った人影が一つ。よかった。これで退屈だけは紛らわ…

二木にふられたのでだらだらとすごした一日。今年の甲府はまだ雪がつもらない異常気象で安心して車を動かせた。矢坪にあるほったらかし温泉までドライブ。昔連れられていった頃は「秘境!」っていう感じだったけど、道も舗装されて駐車場も広くなって施設も…

えー。去年の夏以来の実家倉庫から真壁啓一です。母親が挫折したガーデニングの機材がまるまる運び込まれることによって、俺の空間だった部屋は完璧に倉庫になりました。ショックを受けたのは、俺が好きだった歴史マンガシリーズが全てはとこに持っていかれ…

 12:42

「あれ、花園さん携帯の番号変えました?」 『お? おお。十月くらいに酔って店に忘れたらしくて。連絡してなかったか』 「相変わらずですね。お仕事はいかがですか?」 『信じられんが六時半起きにも慣れたよ。人間ってすごいな。ところで真壁のことなんだ…

朝八時にフロントから部屋に電話をかけてもらったら、ひどい寝癖のまま降りてきた。手に下げているのは昨日洋服を買った紙袋だから、その寝癖のままで戻るつもりかと尋ねたらうなずいた。タクシーならいいでしょ? とのことだ。それはかまわないが、午後から…

 20:17

店員の手にある皿を見て奥野道香(おくの みちか)は叫んだ。誰も触るな、動くな、そのコロッケは私のだ、と。サークルの後輩たちの試合を観戦したあと財布の機能を多分に期待されつつ打ち上げに招待された。自分と同じ四年生はゼミも一緒になる二木克巳(に…

 19:17

「座れたー!」 早速にかばんの中から紙袋を取り出した。中にはお土産に持たされたクッキーが入っている。 「みんないい人だった! 重ね重ねお礼を言っておいてね!」 笠置町翠(かさぎまち みどり)は、隣りに座った真壁啓一(まかべ けいいち)に笑いかけ…

 16:22

「いま言われていきなり人数が集まるわけねえだろ阿呆! 俺らは卒論書いてんだよ!」 二木克巳(にき かつみ)は携帯電話の向こうを罵倒した。流れてくる声は大学のゼミの親友でなにを好き好んだか卒業直前にして退学した男のものだ。久しぶりに東京に戻って…

 23:22

コーヒーカップを口に運んでそのぬるさに驚いた。このコーヒーを淹れたのは……一時間半も前になる。いつも見ているホームページを読んで、とにかく落ち着こうと身体が自然と淹れたのだ。フィルタに注ぐお湯加減も最適、きちんと後片付けもした。落ち着けてい…