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自分の肉体の威圧感はよくわかっているから普段はことさらゆっくり歩くようにしているし、穏やかに話すようにしている。それだからこそ子どもたちもじゃれついてこれるのだ。自分のような人間がせかせかと動いていたら誰だって危うきに近寄らずを採用するに決まっていた。だからスーパーの通路を歩く早足は例外であり、そして客たちは恐れおののいたように津差龍一郎(つさ りゅういちろう)の前に道をあけた。
急ぎ足の向かう先は薬局コーナー。カウンターに両手をつくとすみませんと声をあげた。奥からちょいとお待ちよと返事がもたらされる。大作りな顔がいぶかしげにしかめられた。今の声、どこかで聞き覚えがないだろうか?
「はーいはいはい、・・・と。いちばん似合わないのが来たね」
中村嘉穂(なかむら かほ)は物怖じもせずに巨人の顔を見上げて笑った。そして一拍おき覚えてないかい? と問い掛ける。餅つきの時に一度会ってるんだけどね。
凝視する視線が我に返り、あ、ああ、覚えてますと津差は答えた。
「で、なんだい?」
あ、いや、と気を取り直す。この前栄養剤を調合してもらったと聞きました。そう答えたらのっぽの女薬剤師はあけすけな笑みを浮かべた。
「ちょっと、前に真壁って子にも言ったけれどあんたの年齢で女喜ばせるのに薬に頼っちゃいけないよ。地力ありそうなんだからそれで勝負おし」
下品な物言いに戸惑う。以前真壁から渡された栄養剤、そのあまりの効果に驚いたところ薬剤師の独自の調合だと聞いた。現在訓練場で行われているトーナメント、ベスト四を決める次の相手にはちょっとかないそうもない。だからその薬剤師に集中力を高めたりするドーピングを期待したのだが・・・説明しようかと一瞬思い、それを打ち消した。
「そうですね。反省しました。――ところで中村さんは温泉はお好きですか?」
「この国で温泉嫌いのおばちゃんはいないよ。そしてあたしも立派なおばちゃんさ」
27〜8と思っていたがもう少し年上なのだろうか? あるいは若返りの秘薬でも調合しているのかもしれない。まあ津差にとっては年齢などどうでもよかった。大切なことは目の前の女が最初に言っている。
そうだ。女を喜ばせるのに薬を使ってはいけない。
温泉好きか――戦意が昂揚してくる。