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ジョッキがぶつかる音は常よりも大きく思えたが、常盤浩介(ときわ こうすけ)の心のうちには納得している部分もある。四角いテーブルの一角を占めた四人は四人とも目の前で激戦をたっぷりと見せつけられたのだから。うち二人、青柳誠真(あおやぎ せいしん)と真壁啓一(まかべ けいいち)は参加したもののともに一回戦で敗退し、残りの二人はずっと観客でいた。幼い頃正義の味方にあこがれなかった子どもはおらず、チャンバラにしのぎを削らなかった子どももまたいない。そしてこの街にいるのは人生の選択肢のなかに『怪物と戦う』というものが入ってしまうような熱い(危ない)血の持ち主なのだから。力がこもってしまうのも当然と思えた。
「しかし、うちの部隊はほんとに第二期トップなのか?」
児島貴(こじま たかし)が隣りに座る二人をじろりと眺めた。視線を受けて青柳も真壁も苦笑するばかりである。第一期と第二期の探索者の間には明白なキャリアの差があったとはいえ一部では実力の逆転現象が起きているというのが一般の意識だった。現に発言をした児島も常盤も大半の第一期の術師たちを追い抜いているのだ。今回の剣術トーナメントだけに限ってみても迷宮街でトップクラスの剣士である星野幸樹(ほしの こうき)を下し、準優勝者である国村光(くにむら ひかる)といい勝負をした佐藤良輔(さとう りょうすけ)や、小笠原幹夫(おがさわら みきお)という最精鋭部隊の一角と寺島薫(てらしま かおる)という技術面では五指に入る剣士をともに打ち破った津差龍一郎(つさ りゅういちろう)、一回戦、二回戦とも第三層に達している戦士を破った相馬一郎(そうま いちろう)などが第二期の一人として気を吐いている。津差、佐藤は同じ部隊で(津差はかけもちで最精鋭部隊に加わっていたが)現在第二層どまり、相馬にいたってはたった一度第二層にもぐっただけであとはずっと第一層で新規探索者のサポートのようなことをしている。その中で唯一恒常的に第三層を歩いているいわば第二期のエリートチームが彼らであり、その前衛三人のうち二人が一回戦で敗退とは拍子抜けにもほどがあるというものだろう。ちなみに、サラブレッドと呼ばれる二人の娘の活躍は当然第二期の活躍には数えられていない。
「いや、無理。俺は相手が悪すぎました」
しゃらっと言ってのける真壁に青柳も同意してうなずく。それで児島もからかいの矛先をそらされてしまったようだった。でもなあ、と今度は向かいに座る常盤を眺める。俺たちもやりたくないか?
ぎょっとしたのは自分よりも剣士たちの方だった。それを察してか児島が笑いながら手を振る。大丈夫、もちろん木刀つかったりはしないよ。アレだアレ、あのスポーツチャンバラみたいな防具つけてだ。浩介はやりたくないか?
そういえばこの男は暇があると山に走りにいっていると聞いていた。自分も真壁を見習ってたまにはジョギングをするのだが、山野走りを習慣的にしているなら体力には自信があるだろう。もし実現されたら優勝を狙う気でいるのかもしれない。
「楽しそうですけど、それ――」
隣りで刺身をつついていた秋谷佳宗(あきたに よしむね)が口を挟んできた。優勝はもう見えてますよ、きっと。常盤もうなずいて同意した。真剣な表情で。
二人の自信ありげな態度に戸惑いつつ顔を見比べる児島にかわり、青柳が興味深そうに秋谷に話しかけた。その優勝する人間とはいったい誰のことか?
「うちのボスですよ。湯浅貴晴(ゆあさ たかはる)」
ああ! という納得の言葉は青柳も真壁も同時で術師二人はぎょっとした視線を投げた。そもそもその名前事態を特に予想していなかったがこの二人がすんなりと納得する理由はなんだろう? 確かに湯浅は若年にして精鋭四部隊の一角でリーダーをつとめており、治療術師としては第一とこの街の誰もが認めている。最近では訓練場の教官が個人的に時間を割いて指導もしているほどだった。身長も津差、南沢浩太(みなみさわ こうた)に続いて高いのではなかったか。そして後衛とはいえ探索のたびに20km以上の距離を歩き走っているためにその身体は鍛えられていた。サイズの有利は確かにあるだろう。それでも優勝は確実と言われる理由になるとは思えなかった。
術師二人の疑問を察したのか真壁が説明をつけくわえた。
「湯浅さんって後衛でたった一人自警団に入っているんですよ」
交番すらなく警察力が皆無のこの街で探索者の横暴から一般市民を守るために探索者の中に自然発生した集団が自警団だった。ある程度以上の実力を備えた戦士たちがボランティアで事業団の事務棟に待機し、住民からの被害の訴えがあれば駆けつけて迷惑になっている探索者を叩きのめし木賃宿に放り込むのがその役目である。もちろん暴れている探索者の半数は戦士たちなのだから彼らを(多勢とはいえ)組み伏せられる格闘能力が必要とされた。ほとんどが第一期の戦士たちで構成されており、第二期で加わっているのは彼らの部隊の三人や津差、佐藤などほんの数人である。その中に、普段格闘をしない身で加わっているのだった。自警団の選別は教官が行うからその実力に間違いはないだろう。確かに自分たちとは明らかに違うと思われた。
それでも児島は一つ疑問に思ったようだった。浩介、と問い掛けられる。
「お前が優勝すると思ってたのは誰だ? 湯浅くんじゃないよな」
「葵ちゃんです」
奇妙な納得の空気がその場を支配した。この街にやってきて三ヶ月でそれぞれの分野でトップクラスに踊り出た双子の実力を培ったのは地下での経験ではなく親からの教育の賜物であることは知られている。姉に施されたものが程度が同じではないとはいえ、妹にも課されていたと想像するのは容易である。皆の興味と同情の入り混じった表情は、妹の方がどれだけ強いのか、ではなくどうして目の前の男がそれを知ったのかにより強くかかっているようだった。目の前の男は話題の娘の恋人なのだから。
視線の意味を悟ったか、常盤が苦笑した。
「葵ちゃんが習ったのは護身術だけらしいんですけど、ちょっと前にびっくりさせようと後ろから抱きついたら――」
続きを待つ視線のなか、常盤は苦痛を思い出している表情でジョッキを口につけた。
「――つま先と金玉とみぞおちと鼻に同時に激痛が走ったんですよ。人間の手って二本しかないのに。で、腰が砕けたところで顔の前3センチで裏拳を寸止めされました。スカートじゃなかったら蹴りだったそうです。本人は恥ずかしがってましたけど、あの子の身体は反射で金玉殴るようにインプットされてるんですって」
少しの間、その場の四人は痛ましげな表情で常盤を眺めていた。児島が軽く咳払いする。
「まあ、よく考えたら殴りあうのは俺たちの役目じゃないしな。俺たちがチャンバラ大会なんかする必要もないか」
「・・・ていうより俺、そっちの大会には絶対出たくないです」
真壁の言葉に青柳と秋谷が深くうなずいた。