おおっ! と部隊のリーダーである星野幸樹(ほしの こうき)の驚きの声が聞こえてきた。午後の大会も始まり、ベスト8を決めるここからは一つの会場だけを使用して試合を行う。自衛隊/探索者合同作業は慣れたもののこの街だったがそれでも記録的な効率で土嚢を詰まれた見物席、その作業の指揮をとった星野は隊員を戻した後も見物するつもりらしい。なしくずしに仲間の戦士である葛西紀彦(かさい のりひこ)のセコンドについていた。
「どうしたんですか?」
精神を調えるために閉じた目を開かず、それでも好奇心に駆られて質問する。今の試合、津差が勝ったぞ! という言葉に驚いて目を開いた。会場の中央では大の字で荒い息をしている津差龍一郎(つさ りゅういちろう)と木剣を杖代わりにして膝をついている寺島薫(てらしま かおる)の姿があった。そんなバカなと思う。確かに津差は最近になって精鋭四部隊の一つ魔女姫の部隊に加わった優れた戦士だが、それでもポイントを取ればよい機敏さと正確さが要求されるこの手の試合では寺島に遠く及ばないだろうと思っていたからだ。第三層まで達している寺島と自分たちとの差は単に仲間に恵まれるかどうかであり、現に越谷健二(こしがや けんじ)をうしなって次の前衛を探したとき真っ先に声をかけたのがこの男だった。
始終優勢に翻弄した寺島だが有効打が打ち込めず、津差がわざと見せた誘いにあえて乗った。津差が捨てるつもりでさらけ出した左肩を打ち、しかし繰り出した津差の突きは見事にかわしたものの、避けたはずのその切っ先がサイズ大きめのツナギの脇の布地にひっかかるとは想像の外だったろう。その強力な膂力でなかば吹き飛ばされたのだそうだ。寺島の応援団は肩を打った時点で致命傷ではないのかと抗議したが審判役を仰せつかった橋本辰(はしもと たつ)はあっけなく「他の奴ならともかく津差が肩くらいで止まるわけないだろ」と切り捨てた。
その判定もそうだし、そもそもかわしたはずの突きがたまたま大きなサイズのツナギにひっかかる幸運もそうだ。もちろん寺島の攻撃をしのいで耐えたことは評価に値するが、葛西にとっては実力よりもそれらの幸運と雰囲気とでも言うべきものの方が恐ろしい。それらは実直に力を積み重ねて生き延びてきた自分たちには望めない生来のものだからだ。三原さんもそうだったな、とかつて伝説の位置にいた戦士を懐かしく思い出した。どれほどの苦難においても「あっぶねー死ぬかと思った!」と言いながら帰ってくる壮年の男。生き延びること、勝つことに対して妙な説得力を持っていた男。そういった要素こそが今後エリートと呼ばれるために必要なものではないのかとうらやましく感じる。
ちらりと応援席の中ごろに視線を移した。一人の男が隣りにいる赤い髪の若者に今の試合の解説をしてやっている。真壁啓一(まかべ けいいち)。素質も成長性も自分よりはるかに上でありながら、簡単にその能力に見切りをつけた男。あの男ですら「そろそろ潮時」というのであれば、努力と運だけでこれまでやってこれた自分の潮時はもう通過してしまっているのではないだろうかといつも思わされる。自分はどこまでやっていけるのだろうか? いつまで生きていられる?
「お前はお前のやるようにしろや。人のものうらやましがるのもつまらんぞ」
そうだ、当面の敵はほかにいる――視線を試合場の反対側に向けた。野村悠樹(のむら ゆうき)はいまの結果を気にした風情もなく左手に木剣をたらして跳躍している。その剣は常日頃使うものよりも細く短く、この戦いは空手の技を総動員してくることがそれだけで明らかだった。左手の剣、右突き、左右蹴り――橋本審判は野村が繰り出してくる攻撃全てに殺傷能力ありと認めるはずだ。正直なところ分が悪い。
が、ここを勝てれば自分にもまだ先がある気がする。一度しっかりと目を閉じ、そのまま跳躍した。両足の裏が大地を掴み直立し、自分の派手な登場に対するどよめきが静まってから目を開いた。