この街に来た当初唯一の女戦士だった自分は、しばらくして最強の女戦士と呼ばれるようになった。少し時が経ち自分のあとに続く女戦士が幾人か現れだした頃のことだ。女であり(そして美貌であることも影響していると思う。思い出したくないが、自分が原因で連携が壊れて崩壊した部隊も二つある)体力に劣ることで仲間を探すのにも苦労していたあの頃、その『女』という一語がいやだった。生きていく上のどんな局面でも性別が足かせになるなんてまったく思わないが、女であることが明らかにデメリットであるいくつかの職は存在する(もちろん逆もあるだろう)。そんな職の一つを選んでしまったことをその都度実感させられるからだ。確かに自分の剣はキチン質の緑龍の皮膚を切り裂くには弱かった。巨人の棍棒を受け止めるにも弱かった。ついに女は津差龍一郎(つさ りゅういちろう)にはなれないのだ。
だからよく知らない奴らは勘違いしている。真城雪(ましろ ゆき)はあくまで『女で最強』なのであり、地上でのその影響力(権力?)はひとえに人間的なものや数多くの救助活動をこなすことによるコネクションによるのだと。
確かに自分が男も交えて探索者の戦士として最強だと主張するつもりはなかった。敵の皮膚が固いキチン質なら、振り下ろす棍棒が2.5mの高さから振り下ろされてくるものならば自分の筋力は大きなハンディキャップを負わされている。でもそれは一人の戦士としての強さとはまた微妙に違う、と目の前でこわばった顔をしている秋谷佳宗(あきたに よしむね)を見つめた。あの男の肌ならば自分の振るう剣でも切り裂ける。あの男の剣なら自分の筋力でも受け止められる。対人で武器を持つならば、他人が思うほどには男女のハンディは存在しないものなのだ。言い換えるならば、人間というものは武器さえあれば女の自分でも殺せる生き物なのだ。条件は五分。そして殺せるならばわざわざ跳躍をメインにした無茶な戦法を使う必要はない。
始めの声で無造作に間合いを詰め、小手調べで首筋に切り込みを繰り出した。秋谷は木剣でそれを受け止め、その表情がこわばる。女とは思えない力かい? でも津差なみの長さの鉄剣を全身で振るうってのはこれくらいの筋力があるものさ。踏み込んで今度は逆から腰を狙う。その切り替えに慌てたように木剣を弾いた。正確さに驚いた? 身体に不相応に長い剣を扱い慣れるってのは短い木剣ならこれくらいの芸当ができるってことだよ。さらに続けざまに数度の切込みを送った。秋谷は防戦一方に思われた。しかし、その腰がかすかに低く落とされたのを見逃さなかった。死地に全身で飛び込んで生き残るってことは、その緊張がなければこれだけ注意力を発揮できるってことなのさ。
クリンチかタックルか、どちらにせよ体重差を利用して一度劣勢を止めるのが目的のはずだ。秋谷が動き出す前に腰を落とし、その胸めがけて思い切り肩を当てた。秋谷はこらえることをせずに自分から後ろへ飛び、さらに距離をおくために斜め後ろに跳躍した。さすがにダンスをよくするだけあって下半身が強靭だった。優雅ですらある。
――そして。
下半身をたわめ力をこめた。秋谷の動じない顔が一瞬で至近距離に近づき驚愕に彩られている。
――死の危険に向かって1.5m飛び込む脚力があるってことは、こういう気楽な場だったら2m以上跳べるってことなんだよ。飛び込んでさらに敵を殺すだけの剣を繰り出せるってことは、空中で自在に動けるってことなんだ。
秋谷は後方に向かっての渾身の跳躍だった。そのために木剣が身体の中心線からずれていた。真城が跳躍と同時に器用に繰り出した小さな前蹴りはその刀身の一点を軽く揺さぶり一刹那だけ操作不能にする。そして一刹那があれば十分だった。真城の剣先は胸の中央に当てられていた。
秋谷の右手が木剣を手放した。戦意喪失の合図である。