浮き立った気分で会場に戻るとちょうど部隊の戦士である佐藤良輔(さとう りょうすけ)が直立で精神を集中しているところだった。驚かせてやろう、と右拳を握りしめてその背中に向けて繰り出すと、まるで漫画のようなタイミングで佐藤は屈伸をした。くすくすと笑い声は同じく部隊の仲間たち。さすがは! と彼らから声援が飛ぶ。さすがは強運の戦士! その言葉に佐藤は嫌そうな顔をした。俺は運だけじゃねえよ! 内田さん倒してそれを証明してやる! その気勢は向かいのセコンドにも聞こえたのか、土嚢に腰掛けていた西谷陽子(にしたに ようこ)、小笠原幹夫(おがさわら みきお)から拍手が沸きあがった。その意気やよし! という彼らの態度こそが下馬評を(そして実際の実力差を)明快に示していた。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はよしがんばれと肩を叩いた。
佐藤は二日目に試験に合格した、第二期ではもう古い部類に属する戦士だ。試験会場で岸田という戦士と意気投合し、津差と部隊を組んだ。初期の六人のうち、残っているのはもう三名しかいない。自分と魔法使いの内藤海(ないとう うみ)とこの佐藤だけだ。最初のメンバーがまったく変わっていない笠置町部隊のような例は異常なのであり多かれ少なかれ顔ぶれは変遷を経ている。
いつ頃からだろう、佐藤が強運の戦士と呼ばれるようになったのは。確かに強運としか思えないような出来事がいくつもこの男には起こっていた。急襲した怪物たちが守っていた罠、そこに戦闘中で勢いあまって突っ込んだがなぜか作動しなかった。彼と一緒にちょっと人気の店に行くとまず並ばずに座ることができる。彼がぴあで徹夜すると2〜3列目の中央のシートを取ることができる。京都市中のある商店街のくじ引きで、たった一枚の籤引き券で見事1等のプラズマディスプレイを当選させた(それはいま10万円で売られ笠置町姉妹の部屋にある)。一つ一つを見ればどこにでもあることだと皆は言う(津差は不満だ。彼は年賀はがきの切手シートすらほとんど当たらない)が、一人の人間に重なればそれは珍しいことなのだった。
そしてその強運は今回も生きている、と皆は言う。ベスト8は確実と呼ばれていた人間ですら、組み合わせの運不運によりぽろぽろと食い合う中佐藤の相手はここまですべて第二期の戦士だった。これが強運ではなくてなんだろう? ということだ。ちょっと待ってくれ、と津差は苦笑を抑えられない。お前たちはそう言うが、目の前で精神を集中している男もまた第二期の戦士だということを忘れてはいないだろうか。皆は強運という華々しい文字をうらやましがることにかまけて大事なことを見落としている。この男の実力が、既に第二期の戦士にあたることを幸運と思わせるレベルになっているということを。ここだぞ、と部隊のリーダーとして思った。相手は第一期の戦士でも最精鋭の部隊に属する内田信二(うちだ しんじ)。彼を倒せるならそれはもう運の問題ではないと皆が認めるだろう。ここだぞ。
「お前、勝つ気でいるのか?」 心の中の思いを隠して驚いたようにいう。集中していた佐藤は憤然として振り向いた。
「当たり前でしょう! ツキだけなんて思われてたまるもんか。勝ちますよ!」
「って言っても相手は内田さんだぞ。真壁を一回りスケールアップした相手だぞ。おまえ訓練場で真壁に勝ったことないじゃないか」
「うう、うるさいな。そういう津差さんこそさっきまで葛西にびびってたくせに。ドーピングで回復か? かっこわりい」
「やかましい! 俺のこの気合は自前だよ!」
「でしょう?」 不敵な笑い。
「俺も気合が入ってますよ」
頼もしい! 津差は嬉しくてにやりと笑った。
「まあ負けるにせよ俺たちが恥ずかしくないようにしてくれよ」
変わらずの減らず口に、佐藤はとうとう吹き出した。
「ええい! 内田さんのセコンドはあっちだぞ! 出て行け!」