ヘルメットをかぶりなおした国村光(くにむら ひかる)の姿に再び『ネット』たちを緊張が包む。日々後衛を守っている彼らとはいえこの『ネット』役は疲れるものなのだ。それまで半分以上が座り込んでいたことでもそれは明らかだった。同じく背後を守るとはいえ守る相手の力強さが違う。防ぐべき速度とサイズが違う。もちろん自分たちが『ネット』役を放棄すれば投げないだろうとは思うのだが、それを確信できない不気味さが試合場の中央に立つ神足燎三(こうたり りょうぞう)にはあった。
「最後はうちの面で来るからね、津差さん真壁さん」
笠置町翠(かさぎまち みどり)は軽い口調で左右に立つ男たちに告げた。その姿は他のほとんどの『ネット』たちに比べて余裕があるように感じられる。
「やっぱりうちかな」
「当たり前でしょう? ここの面が一番頼りないんだから」
言外にあなたたちが、と言ってのけているその小憎らしい横顔に、真壁啓一(まかべ けいいち)と津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は視線を交わして苦笑した。そして津差が軽く木剣を一振りして右斜め上でぴたりと静止させる。その風きり音を背後で若い声援がきゃあきゃあと喜んでいた。同じような素振りの音は各所から響きそれがいやがおうにも緊迫感を高めていく。期は満ちようとしていた。
「あと5本か。確かに全部同時に来たら三人じゃつらいな」
真壁の言葉に津差だけでなくそれまで横顔しか向けていない翠までもがぎょっとしたような視線を向けた。
「真壁、お前あと5本だけだと本気で思っているのか?」
え、といういぶかしげな返答に翠が盛大なため息をついた。
「この人が仲間でよく生き延びてこられたなあ、これまで。真壁さん絶対60万の布団買うよ将来」
「翠それ前にも言ってなかった? 何かあったの?」
「うん、大学のときのクラスメートのお兄ちゃんがね」
「60万円の布団を?」
「できるビジネスマンは安眠からって」
視線は試合場に据えながらの会話を、しかしさすがに苦笑まじりに津差がさえぎった。それはともかく翠ちゃん、いくらなんでも言うとおり15本だけということはないだろうけど、あと何本くらいか見当つくか?
翠は考え込んだようだった。
「うーん、背中の広さと木刀の大きさから言ってせいぜい1〜2本だと思いますけど。あ、そういえば先週格闘戦の練習しましたよね大勢で。あの時ここの備品の小太刀は出払いましたよ」
「ああ、そういえばそうだな。あの時は7組14本だったか?」
「いや、8組でした。4組を翠が面倒見て4組を鈴木さんが面倒見たから」
「そういえばそうだったね。真壁さんは鈴木さん組だったよね。あの子教え方どうだった?」
「うーん・・・怖かった」
「それ答えになってない・・・けどわかる気がする」
それはともかく、とまた苦笑まじりの津差の言葉だった。ということは全部で16本か? おまけは1本か?
「いいえ」 翠が否定する。そのときは私が1本使ってました。鈴木さんは自分のだったから、全部で17本ですね。
「いくら頭ではわかっていても、実際に15という数字をあれほど強調されてしまったらそれをクリアした時点で気が途切れるだろう」
津差の言葉に二人はうなずく。
「そこを襲う残りの2本が今日一番のピッチングだろうな。必ず止めないと」
真壁が風車のように木剣を顔の前でまわした。円を描く切っ先は当然のこと、巧みに持ちかえる手の動きすら残像を生みそうなその円は試合場の音を一瞬圧し、試合中の神足すら何事だよと振り返った。
「真壁さん、それじゃ前にははじき返せないよ」
感心した視線が集まる中で翠の声だけは冷たい。
「二人は叩き落そうとなんか思わずに、とにかく木刀の前に身体を割り込ませることだけ考えて。それと」
視線は自分たちが守る辺の端に向かった。そこには一人の男が大の字に寝転がっている。
「黒田さんを踏み潰さないように気をつけて。黒田さんのヒットポイント、いま1しかないと思う」
鼻血のしみが飛び散る黒田のツナギは厚ぼったく、そのため胸の上下が見て取れなかった。もう死んでるんじゃないのか。真壁はちらりと思った。