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うーん、と苦笑して恩田信吾(おんだ しんご)は携帯電話を切った。その電話の内容は不愉快になってしかるべきものだったけれど、まあ仕方ないかなという納得の気持ちがある。
勢い込んでこの街にやってきたとはいえ、探索者登録を終えればすぐに地下に潜れるはずもない。素質をもとに基本四職業と呼ばれるものにそれぞれが就いていることは地下探索が部隊を組んでの分業制で行われることを示していた。一日も早く地下世界への挑戦をしたい者は仲間を見つけることを急ぐ。北酒場などでのんびりと知り合いを増やして紹介しあう方法を迂遠だと判断したならば頼る方法は事業団による斡旋しかなかった。
午前中に面会した戦士は素晴らしいの一言に尽きた。坊主頭のその男性は自分よりも少し高い身長とがっしりとした体躯、落ち着いた雰囲気の中にも芯の強さを感じさせていた。体力テストでの土嚢運びを最も危なげなくこなしていたのがその男性だった。体力テストのあとすぐにも部隊を組もうと申し出るつもりだったが、声をかけるより早く迎えに来た恋人らしい女性とその場を立ち去ってしまい、それからことあるごとに探していたのだ。
しかし一向に見つからず、それなのに事業団に指定された個室で出会うことになろうとは。信じられない幸運だった。
落ち着いた仕草は年長であることともと僧侶だという経歴で納得できた。彼もこちらに不満は感じなかったらしくお互いにいい雰囲気で別れた。自分の身体能力は信じている。二人目の戦士も優秀な人間だと喜び幸先いいぞと午後からの面会を楽しみにしていたところ、まさにその戦士から断りの連絡が入ったのだった。
とある双子、噂だけでしか知らないが理事の娘たちで、非常に優れた身体能力をもち初日の試験を簡単に突破したという双子に直々に誘われたのだという。すまないな、と謝る言葉はしかし毅然としており、恩田はすとんと納得した。自分とその双子。おそらく現時点でも仲間としての信頼性に圧倒的な差があるのだろう。誰だって死にたくないから仲間を選ぶにあたり慎重に考えるのは当然であり、今回は縁がなかったのだ。それよりも、その双子が一本釣りするような戦士を自分はきちんと見極めたのだ。そのことをこそ喜ぶべきだ、今は。
午後からの面会は男の戦士と女の魔法使いのペアだった。ペアということで少し警戒したが自分と同じく二日目の試験をパスし、午前でお互い面接して行動をともにしているのだという。小俣直人(おまた なおと)という男の方は明らかに大沢真琴(おおさわ まこと)という女に対して下心があるようだったがそういうことは気にせずに能力だけを読み取ろうと努めた。
淡々と名前、ここに来た動機、探索する上での目標を伝える。とにかく下へ、より深くへ。週一日の労働で食べていけるこの街だからそれを目的として来る者も少なからずいるだろう。自分が探索それ自体を目的にしてやってきたことだけは伝えないと後々問題が起きる。果たして男のほうはそれを聞いて少々身構えたようだった。それならそれでしょうがない。
午前の戦士には劣るが・・・上背もあるし、動きも滑らかだ。悪くはない。しかしそれよりもこの女性はいいかもしれない。
身体の大きさ、身のこなしである程度実力を推測できる戦士とは違い、術師たちの良し悪しを判断する方法はわからない。けれどもその女性の真摯なまなざし、それでいて楽観的な笑顔には期待できる気がした。よければ、と視線を女性の顔に置いたまま続けた。よければ一緒に潜りたいですね。お二人で考えてみて連絡をください。その言葉になぜか女性の頬に朱が差した。対照的に男性が警戒する顔つきをし、その気配を察知して即座に男性にも視線を投げる。そして席を立った。
仲間内でのいざこざがあるかもしれない二人か・・・。胸の中でぼやく。しかし贅沢は言うべきではないこともわかっていた。