恩田信吾

 11:08

記載されているURLは投票受け付け画面への直通だったらしく、自分の探索者番号とパスワードを打ち込んだ。表示される画面はシンプルなもので賛成と反対の二文字の下に二者択一のボタンが置いてあるだけだ。あとは自分の名前とコメントを書く欄もある。上…

 23:35

「ああっ!」 突然の奇声に大沢美紀(おおさわ みき)はびくりとしてカップを動かしてしまった。残り少なかったからこぼれた紅茶は少なくて済んだが、何をそんなに驚いているのか――視界の中では従姉の大沢真琴(おおさわ まこと)がテレビをじっと見つめてい…

 22:05

わざわざありがとう、と礼を言って電話を切る。そして大沢真琴(おおさわ まこと)はため息をついた。迷宮街にいるはずの知人の消息、もしやと思って尋ねてみたがやはり知らないという。仕方のない話だった。小さいとはいえ街なのだから。 彼女が迷宮街に向…

 11:47

どんなにきっちりとルールが決められていても、いや、決められているならなおさら細かなところで目こぼしの余裕は必須だと巴麻美(ともえ あさみ)は考えている。それは事務員でも同じこと。違うのは、事務員相手のお目こぼしはささやかなもので済むというこ…

翠の一言にドキッとさせられる。 最近北酒場でよく噂されているのよねーとのことだった。この娘は生まれか家庭環境かわからないけれど非常に耳がいい。しかも入ってきたもの全てにとりあえず気を配っているらしく、離れたテーブルの会話などを突然耳打ちして…

第三層への初挑戦は無事に終了した。第三層では最強の怪物である緑龍に対しても無傷で勝利した。本当に強いなうちの部隊というか笠置町葵は。他の五人が束になっても彼女一人にかなわない自信がある。 それでも強い化け物の代名詞とされている緑龍を幸運とは…

街全体が静かな一日だった。午後から今年の初雪が降り始めたから、というのもあるだろうけど小林さんの送別会(さすがに道具屋に勤めていただけのことはあって、送別会に出くわした人たちがみんな立ち寄っては彼女と乾杯していた)が昨日大変な騒ぎだったか…

酒場では道具屋のアルバイトの小林桂(こばやし かつら)さんの送別会が行われている。最初の予定では昨日が探索者ではない友達とのもので今回が探索者達とのものという話だったが、見る限りそんな区別なく皆で小林さんの門出を祝っていた。中では真城さんが…

 11:25

「はい真壁です。どうしました?」 『真壁? いまどこに、誰といる?』 「ミニストップです。一緒にいるのは翠と津差さん」 『恩田くんたちの救助隊を組む。協力してくれる?』 「わかりました」 『ありがとう! そのまま鍛治棟に行って、お前たちと健二、葛…

 11:10

奇妙に聞こえるかもしれないが、連戦連勝とは強さを意味しない。もちろんほとんどの場合それを成し遂げるには秀でた能力が必要だったが、あるいは強運によって対戦相手に恵まれただけ、ということも考えられるからには強さを保証してはくれないのだ。本当の…

 10:33

迷宮内部で一言に怪物といっても三種類がいる。一つが知能のない、野獣と同じく餌をもとめて徘徊する「化け物」という言葉が似合うものたち。二つ目は二足歩行をして道具を使うものたちで、これはある種の文化社会を地下に築いているようだった。そして三つ…

 09:32

…・…保持したはずの岩が根元から外れた。バランスを取り戻そうと伸ばした腕が、逆に距離感を失って壁面を押してしまう。自分は落下するのだ、と西野太一(にしの たいち)は落ち着いて考えた。墜落の浮遊感は何度経験してもいい気分のものじゃない。自分の身…

 9:12

「お宝とりまーす!」 いつもはつまらなそうにしている娘の元気な声に、恩田信吾(おんだ しんご)は何かいいことがあったのだろうと嬉しく思った。罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)は見かけにも年齢にもよらず豪胆な娘で、それは仲間として頼もしいこと…

ユッコにアキ、お元気ですか。姫です。なんかね、同じグループの今泉くんには姫って呼ばれてます。気品があるからかしら(わがままだからだよ/気づけよ)? 今泉くんはちょっと女装させたくない(負けたら落ち込みそう/というか負ける/今でも負けてる)く…

本日の収穫は九万円と少し。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。 今日気がついたのだけど、各銀行や郵便局のATMはこの狭い迷宮街に二ヶ所あるのだった。ひとつはもちろん東西大通りの西側にある各銀行の支店内。そしてひとつはATMだけが迷宮の出入り口詰…

ユッコさんアキさん元気でしょうか。君たちのアイドル(バラドル?)秀美さんです。メールありがとう。お二人に先立って私は大人になってしまいました。お酒飲んで一人暮らし始めちゃったらもう大人よね。アパートも決まったし、スーパーの値引きシールのタ…

 10:11

鋭い呼気とともに繰り出された切っ先が青鬼の胸を刺し貫き、四肢から力と生命が抜けていった。支えを失ってくずおれる重みにあわせるように鉄剣を引き抜く。その動作は場慣れしており、見ていた児島貴(こじま たかし)は少し感心した。恩田信吾(おんだ し…

収入は増えているのに支出も増えている・・・まあ、貯めこんでも墓場までは持っていけない(冗談抜きで)ので、必要な分は出し惜しみせず使うとしよう。日本経済にも貢献しないとな。実際のところ祇園では売上が上がっているらしい。 今日は目新しい訓練をは…

ユッコにアキ、元気ですか。秀美さん(最終学歴高校中退)です。常々「わたしは選ばれた人間なのよおほほおほほ」と選民意識をふりかざしていたアタクシですが、こんなことなら選ばれた人間じゃなかったほうがよかったよ。ここ寒すぎ(気温かよ)。 火曜日の…

小寺の遺体回収が無事に終わってほっとしている。階段を下りて30メートル、しかも大事をとって他部隊の直後に降りたのがよかったのか、遺体を回収し、戻るまで化け物に出会うことはなかった。遺体は通路の脇に寄せられて、荷物や死体を隠すためのビニールシ…

迷宮街の夜は早い。朝五時まで営業の居酒屋などやっていないから、夜遅くに目がさめてしまった俺は唯一のコンビニであるミニストップ迷宮街支店まで出かけていった。全国チェーンのコンビニにはいろいろ種類があるし、販売実績ではもっと上位のものもあった…

 11:48

前衛の一人である恩田信吾(おんだ しんご)が「いちごジャム」と呼ばれる粘塊の中心細胞に剣を突きたてたまま振り返った。残りの五人に「終わった」と声をかける。ほっとした空気の中、小寺雄一(こでら ゆういち)の視線はあるものをとらえていた。部屋の…

 14:07

うーん、と苦笑して恩田信吾(おんだ しんご)は携帯電話を切った。その電話の内容は不愉快になってしかるべきものだったけれど、まあ仕方ないかなという納得の気持ちがある。 勢い込んでこの街にやってきたとはいえ、探索者登録を終えればすぐに地下に潜れ…