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迷宮街は探索者と労働者、自衛隊など合わせて15,000人が生活できるようにと設計されている。治安上の(街から外界を守るという)必要から大きく円を描いて高い防壁で囲まれていた。今の時点では住民の総数は限界にははるかに届かず、中心部から離れると手付かずの雑木林などが見られるのだった。神田絵美(かんだ えみ)が目をつけたのはそんな一角だ。日曜大工が趣味だった父の薫陶よろしきを得た彼女が作った自分専用のベンチと机、迷宮に潜らない晴れた日はここで文庫本を読むのを日課としていた。
11月も終わりに近づいた最近には珍しい晴れた日、おそらく今年最後のチャンスとてお気に入りの場所にやってきた神田は思わぬ先客の姿を発見した。立ち枯れているクヌギを切り倒し、自分専用に高さをあわせた椅子の上で丸まっているのは、もう大人の三毛猫。日の光をさんさんと浴びて気持ちよさそうに寝ていた。自然に、したいようにしか振舞わない動物に座ってもらえるなんて、少し嬉しい。椅子はあきらめて、彼女(三毛猫はほとんどメスだから、おそらく彼女だろう)を刺激しない位置にマットをしいて寝転がった。
しばらく文庫を読んでから弁当を広げる。これは北酒場で頼めば前日のあまりの食材を詰めてくれるものだ。値段は300円。充分に量があるし、おいしかった。
にい、と鳴き声がした。視線をやると二メートルほど離れた位置でじっと弁当を見ている。警戒はしているが、おびえはしていないように見える。首輪はしていないが飼い猫だろうか。弁当の中からシャケの切り身を取り出して放ってやった。三毛猫は喜んで食べた。その姿を眺めながら平和だなあ、とほのぼの思う。
食事を終えたら眠くなる。空を見ながら一眠りして、肌寒くなって目を覚ました。右脇だけが妙に温かい。切り株の上にいたはずの三毛猫がわきの下にもぐりこんでいた。恐る恐る首の後ろ、白と茶の境をなでてみる。ぐるぐると声を立てたが嫌がる様子はなかった。ゆっくりと起き上がり、荷物から毛布を取り出す。さすがに三毛猫は警戒して離れた。
「大丈夫だよー」
一声かけて、毛布をかぶり横になった。目を閉じると睡魔が襲ってくる。胸のあたりにもぞもぞと熱源がもぐりこんでくるのを感じた。絵に描いたように幸せな午後だった。