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間光彦(はざま みつひこ)は目の前の女性を別人かと思った。東京で訪問し、インタビューを重ね、新幹線車内で横顔を映していた女性は社交的だがあくまで温和で、一流企業の販促プロジェクトを弱冠にして指揮しているとは思えない女性的な物腰をしていた。それはここ京都に訪れて彼女が仲間たちと笑いあう姿を見ても変わらなかった。特に、「ここから先はプライベートですので!」とウィンクして去っていった昨日の夜の姿からは迷宮探索者という殺伐とした印象はまったくうかがえなかった。
今朝は六時から撮影を開始した。道具屋で装備を受け取る探索者たちのカットを仕入れ、探索者の一人が地元の少年野球チームのコーチに出る姿を追跡取材した。探索者とはいえ何も変わらないのか。たとえば代議士と浮浪者ほどにも――自衛隊員にしてもっとも探索の進んだ部隊のリーダーという剣呑な肩書きをまったく感じさせずに子供たちにノックを放つ満面の笑みは間にそんな感想を与えた。テレビ人としての落胆と人間としての安堵を同時に感じながら迷宮入り口の詰め所脇で彼女――桐原聡子(きりはら さとこ)の部隊を待っていた。地下に降りていく背中、もし可能ならば迷宮内部をほんの少しだけフィルムにおさめるためだ。そして見慣れた人影に手を挙げた。先方も親しげに手を振る。そして間は金縛りにあった。
陳腐な表現をするならば蛇に睨まれた蛙とでもいうのだろうか。おはようございますと微笑むその顔は昨日と変わらず、仲間たちに紹介する気さくな態度も冗談も昨日と変わらず、そこにいるのは明らかに別の人間だった。何が違う? 間は平静な笑顔を作りながら必死に考えた。――これから彼女たちが地下で繰り広げる殺戮に対する期待感? 違う。もっと好悪からも善悪からもかけ離れた無色な何か。
昨日、京都に向かうのぞみのシートで彼女が言った「週末に読書で過ごす人も映画を読む人もドライブをする人もテニスをする人もいます。私はそれと同じように地下探索を選んだだけです」という言葉を信じるのなら、彼女が週末の愉しみに地下探索の代わりとしてドライブを選んだとしても、ハンドルを握る気迫はこうなるのだろうか。そうとはとても信じられなかった。
カメラの大西浩太(おおにし こうた)に背突かれて、おそるおそる地下にもカメラを同行させたいのだが、と切り出した。桐原は予想通りに危険ですからとやんわりと断った。そしてその後で、降りたいというなら止めませんけどね、と。
おお、とスタッフの中で喜びの空気が湧き上がる。しかし、間は「いや、やめておきます」と申し出を撤回した。いぶかしげで不満げな残りのスタッフたちの視線に苛立つ。どうしてこの馬鹿どもは気づけないんだ。殴りつけたい気分だった。
目の前の探索者が思っていることをどうして気づけないんだ。俺たちに抱いている感情をどうして気づけないんだ。
彼女は俺たちの申し出を拒絶しながら内心は喜んだとなぜ気づけないんだ。一回分の盾ができた、とほくそえんだとなぜ気づけない。
早くこの街を離れたい。心底からそう思った。