星野幸樹

 18:40

顔を寄せてきた笠置町葵(かさぎまち あおい)は首筋までがもう真っ赤に染まっていた。普段はゆるくウェーブのかかった髪を今はまとめあげ、ポニーテールにしている。姉とは違い色を抜いていない烏羽玉の後れ毛が妖艶に揺れた。ふっと視線の先には星野幸樹(…

 13:35

ゴンドラはひっきりなしに上下動を行っていた。積めるだけの作業員を積み込んだカボチャの馬車は最上層に行き、そこでは五人を二部隊で守る体制ができている。作業員の数は残り10名。一人減るごとに星野幸樹(ほしの こうき)は肩の荷が下りていくのを感じて…

 12:59

熱意に満ちた顔が再び意見を上げに来た。この男は、とその正義感は好ましく思いながらも苛立ちを抑えられない。星野幸樹(ほしの こうき)は部下にあたるその士官を睨んだ。 「俺たちにも防衛に加わる許可をください!」 やかましい、と取り付く島なく無視す…

 21:35

もういちど隊員を召集したのはもちろん緑川浩一郎(みどりかわ こういちろう)の報告に不安を感じたからだ。とはいえ部隊のリーダーとして仲間の心配をしたわけではない。大量に投入される一般人作業員の護衛として地下に潜る部下たちの心配だった。くつろい…

 12:13

水滴の音はほんのかすかなものだったけれど、それは広く大きく響いた。かき消すものがなければどんな小さなものでも存在を発揮するものだ。大迷宮第三層にあたるそこは完全な静寂に満たされていた。 無音はそのままに空気だけが揺らいだ。溶岩を思わせる床に…

今日は八時起き! もう本格的な探索はないのだと身体が知ったからなのか、モルグで六時に出て行く探索者たちの目覚ましや準備の音にもまったく邪魔されず眠っていられた。身体の方もきちんと早起きして動かないと命に関わると知っていたのだ。だから命の危険…

今日は進藤くんと海老沼さんに稽古をつけてあげた。進藤くんはその体格もあってまったく問題なし。運動神経もいいみたいだし、あとは慎重に場数を踏むだけだろう。でもまあ、改めて思うのは津差さんのすごさだな。巨大な進藤くんよりも津差さんはまだ七セン…

 19:32

「だいぶお疲れじゃありませんか?」 高田まり子(たかだ まりこ)の気づかう声に後藤誠司(ごとう せいじ)は首を傾げたが、同席の三人はうなずいた。相変わらずの酷薄な人相、なんとか和らげようという努力がほほえましい顔は相変わらずだったけれど、北酒…

俺には腕力も体力もないけど、反射神経とスピードはあるつもりだった。だから、そう、きっと五キロはあるツナギのせいなのだろう。鈴木秀美(すずき ひでみ)さんに駆けっこでまったく追いつけなかったのは。 今日から二日まで詰め所で示威部隊に加わる。今…

 11:25

「昨日も来てたんですか?」 国村光(くにむら ひかる)の驚きの声に星野幸樹(ほしの こうき)は頷いた。昨日は自衛隊員として、今日は探索者としてだと言う生真面目なその顔に藤野尚美(ふじの なおみ)が敬意のこもった視線を向けた。 「まあつまりあれだ…

 12:32

腹減った腹減ったと唱和しつつ示威部隊が地上に戻った。留守番役の太田憲(おおた けん)、落合香奈(おちあい かな)がお疲れ様と出迎え、ビニール袋の中から折り詰め弁当を取り出した。そして大きなお鍋。これは落合が北酒場のコックに頼んで作ってもらっ…

 16:13

私もパレードいいですか? という娘の顔を見て津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は怪訝に思った。そこにいたのは笠置町姉妹の妹だったからだ。色恋は不器用という印象の姉妹だったけれど、妹の葵はなんとか彼らの部隊の罠解除師と関係を築きつつあると思い…

翠の一言にドキッとさせられる。 最近北酒場でよく噂されているのよねーとのことだった。この娘は生まれか家庭環境かわからないけれど非常に耳がいい。しかも入ってきたもの全てにとりあえず気を配っているらしく、離れたテーブルの会話などを突然耳打ちして…

第三層への初挑戦は無事に終了した。第三層では最強の怪物である緑龍に対しても無傷で勝利した。本当に強いなうちの部隊というか笠置町葵は。他の五人が束になっても彼女一人にかなわない自信がある。 それでも強い化け物の代名詞とされている緑龍を幸運とは…

 13:19

「しっかし、まあ。金具の固定、解けない結び方、そういうものもわからず縄梯子で三〇メートル下りようとしてたのかお前さんたちは」 濃霧地帯のふち、白いもやがかなり薄くなった場所で星野はつぶやいた。さすがは軍人というところだろうか、なれた手つきで…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

 21:40

知り合いが宴会でもしていないかな、と思って円テーブルのスペースを訪ねた。予想通りに「真壁!」と声がする。真城雪(ましろ ゆき)がジョッキを掲げて呼び寄せていた。珍しいことに同席しているのは普段の仲間たちではない。現時点で第四層に到達している…

星野幸樹 様 高田まり子 様 真城雪 様 湯浅貴晴 様 おはようございます。桐原@東京です。東京は今日はどんよりと曇っています。午後からは晴れるらしいのですが、気温のほうはいよいよ冬本番という印象です。京都はいかがですか? さて本題ですが、昨日夜、…

 14:15

間光彦(はざま みつひこ)は目の前の女性を別人かと思った。東京で訪問し、インタビューを重ね、新幹線車内で横顔を映していた女性は社交的だがあくまで温和で、一流企業の販促プロジェクトを弱冠にして指揮しているとは思えない女性的な物腰をしていた。そ…

 10:31

探索者の戦士たちも第四層に降りるあたりになると、各人の個性や優劣が出はじめると彼らは言っている。いわく、星野幸樹(ほしの こうき)は突き技に長け、真城雪(ましろ ゆき)は鉄剣の重量と遠心力を利用する跳躍戦法のが巧みで、野村悠樹(のむら ゆうき…

 16:20

四時を過ぎると今日の探索を終えた連中が使用した武器防具が運び込まれてくる。現場のチーフである片岡宗一(かたおか そういち)にとっては一番あわただしい時間帯だった。ひとつずつの状態を見極め、誰なら任せられるかを考え、てきぱきと割り振っていく。…

 13:56

かぶとの類を身につけている相手には決して大上段で切りかかってはいけない。かぶとは衝撃を受けとめるためではなく流すために作られている防具であり、振りおろした剣が逸らされたら一秒は無防備になってしまうから。訓練場の橋本辰(はしもと たつ)に何度…

訓練は西野さんと午後からにした。当然午前中は起きられなかったのだ。 西野さんとは初対戦になる。その背筋のなせる技なのだろうか、たいへん太刀行きが速い人だった。ただ、まだ実戦は三度目ということで頭で作戦を組み立てられていないのがわかる。それで…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…

 14:10

「星野二尉!」 階級つきで呼びかけられてほんの少し戸惑った。地上の詰所ならともかく、このなめらかな岩壁に囲まれたひんやりした空間でそう呼ばれることは最近少なかったからだ。 ここは迷宮第四層。現在のところ、探索者たちが到達している最深部にあた…

打撃力★★★☆☆ 防御力★★★☆☆ 動作速度★★★☆☆ 入力への反射速度★★★☆☆ 体力★★★★★ 気力★★★★★★ 投げ技 柔道系 拳銃による威嚇「頭の後ろで手を組んで膝をつけ」は遠距離+即死攻撃(100%)唯一笠置町理事に勝てる 青眼からの両手突きのみ反射速度、動作速度、打撃力…

その女性に笑顔で呼ばれるといやな予感がする、とは恋人である常盤浩介(ときわ こうすけ)の述懐だった。特別に頼むという雰囲気のないままいろいろなものを命じるような人だから、わざわざの笑顔の代償はなんだろう、という話らしい。自分にとっては優しく…

うわ、ヒゲ。開けた視界に映っていた星野幸樹(ほしの こうき)の顔を見て葛西紀彦(かさい のりひこ)がまず呟いたのはその一言だった。星野をはじめ周囲を取り囲んで心配していた視線たちがほっとしたように和んだ。 負けましたねー、とからっと笑って葛西…

準決勝を前にしても身を包む空気には変化が見られない。ゆったりとしたそれは黒田聡(くろだ さとし)が後衛から好かれる大きな要因ではあったけれど、それでもその空気のまま訪れられた面々はうろたえたようだった。同じく準決勝を目前にして、客席の段差に…

みんなの視線が痛い気がする。ここから出て行きたい。あとは自分のアナウンスだけ、という状態で皆が自分を待っている。わかっている。自分はこの紙を読み上げなければならない。自分に責任はない。でも、くそう、おのれ、あの男。 『次のカードに先立ちまし…