朝八時にフロントから部屋に電話をかけてもらったら、ひどい寝癖のまま降りてきた。手に下げているのは昨日洋服を買った紙袋だから、その寝癖のままで戻るつもりかと尋ねたらうなずいた。タクシーならいいでしょ? とのことだ。それはかまわないが、午後からの撮影までには直しなさいよと注意したら何それ? とぼけたことを言う。
あー! 忘れてた!
テレビ局の取材を思い出させたときの反応がこれだ。俺くらいなのかな、一大事だと思っていたのは。
タクシーで迷宮街に直行、すぐに髪を洗ってシャワーを浴びて、美容院に毛先をそろえに行くのだそうだ。タクシー内部で美容院の予約をずらしてもらってシートにもたれた横顔は、もう回復しているように見えた。ま、仲間としてできることはした。これで次もへこたれているようだったらひっぱたくだけだ。
西口検問前で降りた。タクシーは(いちいち身分証を控えられるためか)迷宮街内部に入ることをあまり喜ばない。のんびり歩くつもりの俺を置き去りに翠は走っていった。最後に振り向いてありがとうと礼を言われた。すっきりした笑顔で、ちょっと報われたかな、という気分。
銭湯で一番湯を浴び、お昼まで一眠りした。ゆうべは三時ごろから少し寝たけれど、リクライニングの椅子では深い眠りにはならなかったからだ。
テレビ局の撮影は二時からスタートした。東京から週末探索者の桐原聡子(きりはら さとこ)さんにくっついてきたらしい。まずは事務棟で簡単なヒアリングをされた。内容は、「どうしてこの街に来たのか?」と「どんな変化が起きたか?」と「いつまでいるつもりか?」の三点。それぞれ正直に答えた。その後訓練場に移動し、各人普通の訓練をしてくれということでずっとストレッチをしていた。どうせ俺は添え物だからね。テレビクルーは真城さんと翠の打ち合いを撮っていた。最初はいい絵にするため指示を出そうとしていたらしいが、巨大な木剣を両手(というより全身)で振り回す真城さんと、対称的に小さな動きで切り込んでいく翠の図は変な演出が入り込めないレベルだったみたいだ。
その後、いろいろと思うことを話して欲しいからしゃべるのが得意な人はいないかと要求されたときになぜか俺があげられた。七時から北酒場で食事風景を撮るので来てくれと。今度こそ映れるだろうか。
夜。神田絵美(かんだ えみ)さん、真城さん、神足燎三(こうたり りょうぞう)さん、津差さん、葵、俺、黒田聡(くろだ さとし)さん、青柳さんで食事をした。普通に談笑しながら、インタビューへの誰かの答えにみんなでイチャモンをつけていくという感じで進んでいった。俺もいくつかしゃべったし、テレビも向いていた。結構長い時間撮られていたような気もする。
それにしても、迷宮街で撮る部分は二時間番組の中の一時間くらいらしい。それだけのために、レポーター、監督(?)兼音声さん、ライトさん一人、カメラさん一人と四人が二日動員されるのだから大変なことだ。二木は確かテレビ局に内定だよな。大変だぞー。