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この迷宮街のアパートを気に入っている一番の点は化石燃料の暖房器具を使えることだ。ポリタンクを地上から三階まで運び上げるのは大変だけど、彼女が目指す探索者の試験は20キロの土嚢を持って歩きつづけるというものだ。18キロのポリタンクで音を上げていてどうする! と自分に叱咤している。それでも、こうやって男手があるときは頼ってしまうのだが・・・。
ぽかぽかと暖かくなってきた室内に、隣りのベッドからうめき声が上がった。布団がもちあがり、裸の男の肩が覗いた。さむいさむいとまたもぐりこむ姿に軽く眉をしかめた。時計を見ればもう10時だった。修司、と恋人に声をかける。もう起きなよ。私もう行くよ。
何でだよ、と布団の中から抗議する声。二日から仕事なのか?
まただ、とうんざりした。大学時代から交際している恋人は今年でサラリーマン四年目になる。もともと利発で人受けがよかったから今の会社でも期待されて結果も出しているらしい。が、根底には仕事は所詮生きていけるだけの金を稼ぐためのものという認識があった。それはそれで正しいのだと思う。誰かに義務感をすりこまれて身を減らすよりはよっぽどいいことなのだろう。だが、自分の夢を実現するために仕事を選び会社を選び、その選択が間違っていなかったと最近になって実感することしきりの三峰との間には温度差が生まれてしまうのだった。かたや京都かたや東京と住む位置が離れているからこそ温度差は深刻な問題とならずに済んでこれたが、こうやって近くにいるともどかしくいらだたしく、辛い。鏡を見た。昨日の涙はほとんど目立たないようだ。ばれたらあの子に気を使われてしまう・・・。
仕事じゃないけどね、施設は使わせてもらえるし探索者の話を落ち着いて聞けるいい機会なんだから。修司も来ない? 探索者に頭のいい子がいるんだよ。見た目はごろつきなんだけどね。そうそう。その子も高槻ゼミなんだよ。教授の最新の研究の話とか詳しく知ってるんだ。話すと面白いよ。
布団の中からはもごもごと返答があった。何を言っているのかはまったくわからなかったが、Yes/Noのどちらを伝えようとしているのはよくわかる。盛り上がった布団にちらりと軽蔑の視線を投げると立ち上がった。