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今日まではいらっしゃいませの代わりに「あけましておめでとうございます」を挨拶にするつもりだった。通りすがりの客がほとんどいない迷宮街支店ではそのような親しみが無視されることはほとんどない。たった今の言葉も大きな笑顔に受け止められた。もう一度、あけましておめでとうございます津差さんと繰り返す。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はおめでとうと微笑んだ。
いつもどおりに二人分以上の食料をカゴに詰め、レジに持ってきた津差に昨日の話をする。この街の住民有志で集まった餅つき大会、休みと食事と甘酒をはさみながらとはいえ大の男でも音をあげる労働だった餅つきを、この探索者は(肩に誰かしら子供を乗せながら)都合四回もつききって息も乱れていないのだから信じられない。そのことを話すと「肉体労働者ですから」と得意げに笑われた。
料金を告げ受け取る。ありがとうございましたと元気のよい声を送り、さあジュースの補充をしてしまおうとバックヤードに振り向こうとした足が止まった。津差がまだカウンターの前にいる。お釣りを間違えたか? とっさに思ったのはそれだった。他のミニストップの店舗は知らないけど、この店のレジはまだお釣りが自動で吐き出されるタイプではなかったからだ。なぜか自分はたまにそういうミスをする。
視線の高さに腕が見える。お釣りのお金はしまわれていて、心配が外れていたことを確認してから見上げた。なんとも微妙な逡巡を浮かべて自分を見下ろしている。どうしました? と訊いたらいやいやなんでもない、と言いながら出ていった。
なんだったんだろう?