06:12

一時間の仮眠だけで朝六時少し前にはたどり着いた。二木克巳(にき かつみ)は迷宮街の検問外で車を停め、徒歩で街の入り口へと向かった。検問という言葉のもたらすイメージとは違い徒歩の人間であれば何時であろうと通過できるようだった。木賃宿の場所は係員が教えてくれた。
昨夜、ドライブインに入るたび信号で止まるたびに電話をかけた。しかし誰も出ることはなかった。実のところ無事だろうと思っている。何かあったのであれば遺品(いやな言葉だ!)を整理するだろうし、そうしたら電話の着信に対して連絡をするはずだからだ。特に神野由加里(じんの ゆかり)の話によれば、昨日は真壁と笠置町という女性は別行動をしていたらしいから、万一のことがあればその女性から由加里に連絡がいくはずだった。
何度も電話をかけてくる由加里にもそういうことを説明しながら慰めつつ、違和感を感じた。すっかり仲良しになったと話していた笠置町翠(かさぎまち みどり)の名前を発音する際の、苦いものを飲み下すようなためらいを疑問に感じたからだ。ともあれ、今朝の時点でも由加里にも非常の連絡がないからには無事なのだろう。発見したら一言注意して、午前中は眠って午後から観光案内をさせよう。夕飯くらいはおごらせてもいいはずだ・・・意識して楽観的に考える。
そして六階建ての建物が見えてきた。ホテル風の一階入り口から判断するにここが木賃宿と呼ばれる建物なのだろう。中に入ってモルグというところを探させてもらい、いなければ朝を待って食堂で様子を聞くか――
「え、二木?」
入り口から出てきたジャージ姿の男が自分を見て目を丸くしていた。真壁啓一(まかべ けいいち)は想像していたどんな姿よりも遠く、ミネラルウォーターのペットボトルを手にすっきりとした顔をしている。膝から力が抜けた。
「無事か! ・・・よかった・・・」
安堵の視界の中で、あれ? ええと? と不得要領の表情をしている。それが改まってはっとした。自分のミスに気づいたのだ。
「そうだよ。お前昨日生存報告してねえだろうが。飲みでも行ってたのか?」
あ、はい、と頭をかく姿に苦笑した。
「俺らにゃいいけど、神野には無事だくらいの連絡はしろよな――あいつ泣いてたぞ」
うん、はい、ごめんなさいとしおらしい。二木はぱん、と両手を打った。
「まあ無事なら何よりだ。とりあえず今からでも神野に電話しろ。そして、俺の分の宿代と今日の観光の金全部出せ。宿はモルグでいいから」
はい、とほっとしたように微笑む顔の何が気に障ったのだろうか。
気が付いたら殴っていた。
親友は上体をぐらりと揺るがして、しかし踏みとどまった。
「やっぱダメだ――。今日は顔見ない方がいいや。帰るわ」