小林桂

 08:12

店頭からはアルバイトとともに検品をしている妻の声が聞こえてくる。二十日は各種雑誌の入荷日なので検品作業も書籍並べのアルバイトだけでなくレジの女性にも入ってもらっているくらいだから、自分もすぐに行かなければならないのはわかっていた。しかし視…

 06:15

探索者の朝は早いと皆は言う。それにしても、自分たちに比べればどれほどのものがあるかとは鶴田典子(つるた のりこ)は思っている。道具屋に勤務する彼女の業務には早朝これから探索に赴く人間のツナギと剣、基本的な救急用品と行動食のザックを渡すという…

 23:31

帳簿とレジのお金があわない。熊谷繁美(くまがい しげみ)が必死に記憶をたどっていたものの、妻の声にそれを中断された。ちょっと来てー! ネズミが出たときのようなその声に驚いて居間のふすまを開けた。そこには両親と去年入籍した妻の桂(旧姓は小林)…

 10:08

昨日からお店はお休みで、早起きの必要はなくなった。それは嬉しい。でも憂鬱な仕事だわ、と鶴田典子(つるた のりこ)は倉庫のスイッチを手探りで探しながら考えた。迷宮街の道具屋は商売をする上で非常に大きなメリットを享受していた。最大のものは競合す…

街全体が静かな一日だった。午後から今年の初雪が降り始めたから、というのもあるだろうけど小林さんの送別会(さすがに道具屋に勤めていただけのことはあって、送別会に出くわした人たちがみんな立ち寄っては彼女と乾杯していた)が昨日大変な騒ぎだったか…

酒場では道具屋のアルバイトの小林桂(こばやし かつら)さんの送別会が行われている。最初の予定では昨日が探索者ではない友達とのもので今回が探索者達とのものという話だったが、見る限りそんな区別なく皆で小林さんの門出を祝っていた。中では真城さんが…

 13:40

自分の女運は最悪だったな、と今泉博(いまいずみ ひろし)は昔を思い出していた。思い出は女性の顔をしていた。それらは一つではなく表情もさまざまだったが、すべてに共通するものがあった。自分を見つめるときの、隠そうともしない侮蔑の色がそれだ。 県…

 11:05

こんなものかな! と両手を一つ打ち、小林桂(こばやし かつら)は晴れ晴れとした思いで段ボールの山を眺めた。バッグに詰める生活用品、布団を除いたほとんどがそこには収められていた。この街のアパートは家具類がすべて据付になっていたから、引っ越すと…

 09:30

カーテンを開けようと立ち上がった足腰がふらつく。今日は本格的に荷造りをする日ということで、昨夜の酒はほどほどにするつもりだった。北酒場で非探索者の友人たちが開いてくれた送別会においてもそれはしっかりと守られた。その後「すこし話しましょうよ…

 10:06

どんよりと曇る空。身を切る寒さこそないものの、吐く息はすっかり白かった。湿った風が絶え間なく吹き付けてくるこんな日にはさすがに部屋で暖かくしているだろう、となかば予想していたので、セーターの上に外套を巻きつけてイーゼルの前に腰掛けている姿…

星野幸樹 様 高田まり子 様 真城雪 様 湯浅貴晴 様 おはようございます。桐原@東京です。東京は今日はどんよりと曇っています。午後からは晴れるらしいのですが、気温のほうはいよいよ冬本番という印象です。京都はいかがですか? さて本題ですが、昨日夜、…

迷宮街だけではなく地下までもクリスマスに突入。 何かというと、葵のツナギが「クリスマスバージョン」になっていた。ベースを赤に、フードのふち、袖、足首、ウェストラインが白いというもの。書き忘れていたけどツナギの色は基本料金で各人自由に選べる。…

午前中は訓練場で訓練をして過ごした。最近は地上では打ち合いの時間を減らすようにしている。平らな床の上で動くことに慣れてもあまり意味がないと思うようになったことと、とにかく剣筋を精確に、太刀行きを速くする練習が重要だと思うようになったからだ…

天気は良く、めぐり合わせが悪い一日。 訓練場で青柳さんをドライブに誘ったら、午後からお経を上げにいくとか。お坊さんの世界でも常連客がいて、名指しで指名されると断れないのだそうだ。翠でも来ないかなとぼんやり待っていると、姉妹でおめかしで出かけ…

 15:15

「うわー!」 黒い毛並みがびくりと震えた。その犬は怯えたように目の前の女性を見上げる。見知らぬ来客に精一杯振っていた尾が、ぱた、ぱた、と控えめな動きになっている。うるさいよ雪、怖がらすな! と神田絵美(かんだ えみ)は部隊のリーダーである女戦…

早くから大変ですね! と言われた。小林さんにだ。なんだかすごく元気で快活だ。宝くじでも当たったのかな。 今日も今日とて第二層の探索を続けている。今日の俺の目標は「目指せ青柳誠真(あおやぎ せいしん)」だった。以前書いたけど、青柳さんの強さとい…

 16:35

彼を目の前にして逃げ出した弱さを憎んだから、二日後、彼の仲間たちが武器防具の修繕を頼みにきたとき、小林桂(こばやし かつら)はこちらから声をかけた。西野太一(にしの たいち)――あの晩紹介された年長の男――は複雑な表情を見せて言った。「なんだか…

ユッコにアキ、お元気? 姫はそんなに元気じゃないでござるよ(考証しろよ)。今日、他の探索者の人たちとお酒飲んでたら、なんか道具屋の女の人が雰囲気ぶち壊してくれました。前から気に入らなかったのよねー、あのおばちゃん。 なんか、今泉くんのもと担…

 19:12

乾杯をした時点では確かに二人だった。しかし一五分後には差し向かいのテーブルから円テーブルに移り、五人が腰掛けていた。 神田絵美(かんだ えみ)が製造に携わったログハウス風犬小屋も本日無事完成し、手伝い半分話し相手半分で見物していた小林桂(こ…

 12:45

迷宮街では日常生活にかかわることの大半が一般企業にゆだねられているが、簡単に参入できるというわけではなかった。スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどはある。しかし衣服や本、一般的ではない食材、娯楽の類は街の中に立ち入ることは許されな…

どんよりとした曇りの一日。津差さんと訓練をして過ごした。津差さんたちは本当は今日もぐるつもりだったのだけど、彼らの治療術師の的場さんという方が体調不良になってしまったということだった。神崎さんの死にショックを受けていたのだという。真城さん…

 16:30

「片岡さん、どうしたんですかその顔」 お先に失礼します、と声を残して裏口を抜けた小林桂(こばやし かつら)は、商品を納入にきた鍛冶師の顔を見て驚きの声を上げた。先週見たときは健康的に日に焼けていた30代なかばの男の顔は紫色に変色して、右半分が…

 20:13

探索者と仲良くするといいことがないと、織田彩(おりた あや)は過去の体験で知っている。人間はいつか死ぬもので、死んだらそれまでの付き合いの分だけ悲しくなってしまうもので、そして探索者は恐ろしく死亡率の高い職業だったからそれも当然のことだった…

 15:20

ここ三日の晴天で蓄えられた地熱が陽炎となってたちのぼるかのようだった。北酒場に併設されているオープンカフェは、そのお陰で一一月の下旬とは思えない快適さを与えてくれていた。目の前にはホットココアと苺のミルフィーユ。織田彩(おりた あや)は幸せ…

明日はいよいよ初陣だ。これが最後の日記になるかもしれない。もちろんそんなつもりはないけれど。 今日は午前中に道具屋で装備品を受け取り、午後から集団戦闘の訓練をした。二対一で片方が動きを止めて片方が打ち込むとか、アイコンタクトで前衛が後衛をか…