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それは奇妙な光景だった。しんしんと雪が降り積もる冬の日、身が白くおおわれることもかまわず二人の女性が立ち尽くしている。その前には小さな木製のテーブル、上には家庭調理用のデジタル計量器が乗っている。計量器の上には小さなぬいぐるみが座っていた。有名だからピンガというペンギンのぬいぐるみだと気づく者は多いだろう。
つもる雪は計量器の液晶を覆い隠し、その度に傍らのもう一人の、まだ娘といっていい年齢の女性が表示が見えるようにぬぐっていた。この女性は天候にふさわしく分厚いコートと毛糸の手袋、耳当て。しかしもう二人は神社の神職がつかうような古式ゆかしい装束を身にまとっていた。
中年も後半にさしかかった小太りの女性が、まだ若い女性の二の腕に手をかけている。そして小声で指示をしていた。
見るものがいたらさぞかし驚いたことだろう。どんな原因があるのか知らず、デジタルの表示が少しずつ減っていく。降り積もる雪で増えこそすれ減る道理はないはずなのに――先ほど100gを突破した数値はさらにさらに、明らかにゼロをめざして進んでいった。
「さすがに実力はもう十分なのよね」
小太りの女性が二の腕に当てた手を離してうなずいた。そのままゼロにしてごらんなさい。若い女性はうなずき、数値が明らかに速度を増して減っていく。そしてゼロになる前に人形がふわりと浮き上がった。
「おおお! 浮いてる!」
先ほどから液晶の雪をぬぐっていた娘が驚きの声を上げた。小太りの女性が低く「固定」と呟き、若い女性は全身の力を抜いた。
「わかった?」
迷宮探索事業団の理事であり、この国屈指の魔女である笠置町茜(かさぎまち あかね)は傍らの疲れたように肩で息をする女性を見やった。こちらは訓練場の教官の一人である魔女鹿島詩穂(かしま しほ)という。鹿島はしっかりうなずいた。
「ポイントは、対象に浮く力を与えるわけじゃないってこと。重力をほんの少しだけ、その質量に応じてゆるめてやるってことよ。そうすれば遠心力で浮き上がるから」
はい、とうなずいてから意外そうに呟いた。禁術というわりにはほんのちょっとしか重力を減らさないのですね。確かに制御は大変だけど、これなら別に禁術にする必要はないのではありませんか? 
理事はその言葉にうなずき、じゃあちょっと重力をゼロにしてみてと気軽に命じた。鹿島も気軽にいまだ浮いているぬいぐるみに視線を当てた。
そしてぬいぐるみが消失した。
「ええ!?」
愕然として走り寄る。雪が積もりつつある周囲まで探したもののぬいぐるみはどこにも見られない。
娘が持ってきたコートに袖を通しながら、理事はこともなげに言った。きっと今は衛星軌道上だわね、と。もしかしたら隕石の一つも粉砕しているかもしれないよ。地球の自転による遠心力ってとんでもないものなのよ。それを強力な重力でなんとか地面に縫い付けられているのが私たちなの。だから重力を遮断してやればあっという間に飛ばされるわ。そして表情を改める。
「これを人間にかけたら完全犯罪になるし、地下の地盤にかけたら大地震が起きる。重力を弱めるってだけなら禁術にはならなかったわよ。けれどゼロにできる以上やっぱり覚悟のないものには教えてはならないのよ。注意して使ってね。チカンされたくらいで使っちゃダメよ」
表情をひきしめてうなずく。そしてぬいぐるみのために黙祷した。気にいっていたのに・・・。京都で買えるだろうか?