鹿島詩穂

 11:29

さ、次の術をと鹿島詩穂(かしま しほ)は気軽な気持ちで視線を移した。昨日の第二層の激戦とは違い、心身ともに余裕があるのはこの日のためにさらに投入された『人類の剣』たちの存在感のお陰だった。自分の師匠や兄弟子、初めて挨拶した数人。彼らが戦闘の…

 07:08

分解できずに50キロを越える部品は重力遮断で重量を減らして運搬することになっていた。だから目の前の太い鉄柱を束ねた山はその対象なのだろう。こんな巨大な塊をどう運ぶのか想像もつかないが、ともあれ自分のするべきことをするだけだ。作業はいくらでも…

 12:13

水滴の音はほんのかすかなものだったけれど、それは広く大きく響いた。かき消すものがなければどんな小さなものでも存在を発揮するものだ。大迷宮第三層にあたるそこは完全な静寂に満たされていた。 無音はそのままに空気だけが揺らいだ。溶岩を思わせる床に…

 12:10

それは奇妙な光景だった。しんしんと雪が降り積もる冬の日、身が白くおおわれることもかまわず二人の女性が立ち尽くしている。その前には小さな木製のテーブル、上には家庭調理用のデジタル計量器が乗っている。計量器の上には小さなぬいぐるみが座っていた…

 16:23

この数日は菜食だけで過ごし日々の半ばを瞑想に費やしている。高度の精神集中の末に研ぎ澄まされた心身には熱と活気が渦巻く鍛冶場は辛かった。今日の分の集中がこれで台無しだろう。理事はいい顔はしないはずだった。それでも外出したのはあるの男性の様子…

 12:32

片岡宗一(かたおか そういち)はその紙片を見下ろして口をへの字にまげた。その紙片自体は昨日事業団職員の一人から見せられたもの、コピーがコピーを生んでおそらく今では今朝の朝刊の数よりも多く出回っているであろうものだった。 ちなみに1,000人を超え…

京都の冬は厳しいというけれど、まだそれほどは実感していなかった。理由はいくつかあると思う。去年の寒さなんてそれほど意識していないというのが一つ、明らかに東京にいた頃より筋肉の量が増えたので気温に左右されにくくなったというのが一つ、そしてな…

 16:20

四時を過ぎると今日の探索を終えた連中が使用した武器防具が運び込まれてくる。現場のチーフである片岡宗一(かたおか そういち)にとっては一番あわただしい時間帯だった。ひとつずつの状態を見極め、誰なら任せられるかを考え、てきぱきと割り振っていく。…

 13:20

「こういうものがあるなんて想像もしませんでしたね」 鹿島詩穂(かしま しほ)はさすがに魔法使いの訓練責任者だけのことはあり、高田まり子(たかだ まりこ)に差し出された石片をつかんだだけでそれがどういうものなのかを理解したようだった。 「まりは…

20:05

「こっしー! 止まれ!」 高田まり子(たかだ まりこ)は反射的に叫んでいた。迷宮街の大通り、北酒場に向かう歩道の上だった。声をかけた相手は越谷健二(こしがや けんじ)という名前の探索者である。高田と同じく第一期から探索を続けている彼は、いまで…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…

 12:25

鹿島詩穂(かしま しほ)はキーボードを叩く手を止めた。画面にはたくさんの名前の羅列がある。来場試験にパスした探索者全員の、魔法使いの素養を判断した記録だった。昨日は合格者ゼロ。残念だが、体力テストにパスする人間が日に10人程度なのだから珍しい…

ああん、もう! と苛立たしげな声に鹿島詩穂(かしま しほ)は振り向いた。訓練場への入り口、靴を履き替えるべき個所で彼女の上司である迷宮探索事業団の理事、笠置町茜(かさぎまち あかね)が立ち往生している。一瞬だけ考えて答えに思い当たった。 「茜…