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分解できずに50キロを越える部品は重力遮断で重量を減らして運搬することになっていた。だから目の前の太い鉄柱を束ねた山はその対象なのだろう。こんな巨大な塊をどう運ぶのか想像もつかないが、ともあれ自分のするべきことをするだけだ。作業はいくらでもあり時間は少ないのだから。鹿島詩穂(かしま しほ)は自分の背丈ほどもありそうなその山の前で目を閉じた。意識の触手を伸ばしその物体にからめ。塊としての情報が全て脳裏に描けるようになったら均等に重力の影響を遮断していった。習得してからずっと毎日訓練しているだけのことはある。我ながらスムーズに制御できていると思う。
それは油断だったのか? 総毛だつ感覚の直後に意識の触手が乱暴に引きちぎられた。予想外の異変に目を見開くがその視界には圧倒的な存在感を誇っていた鋼鉄の円柱の山は見られない。さては――頭上を見上げたが迷宮の天井には穴などあいていないし、何かがぶつかった様子も見られなかった。
「ほらほら詩穂、さぼってないでこっちの軽くして!」
背後の声に振り返る。理事の笠置町茜(かさぎまち あかね)がドリルなどをつめたコンテナを指差していた。はっと思い至る。
「茜さん、ここにあった鉄柱をどうかしましたか?」
「え? 運ぶの大変そうだから一足先に穴の淵に飛ばしたけど」
他者を強制転移させる術が世の中には存在する、とは聞いたことがあった。しかしそれは伝説の中の話であって「八歳でハーバード大学を主席卒業する天才児」や「オレンジ色の光で人間を気絶させてチップを埋め込む小さな生物」や「元特殊部隊員でテロリスト集団を一人で退治しつつ美女とキスする合衆国大統領」と同じ種類のものだと思っていたのだ。
それはともかく、と無邪気に視線を移しては巨大な部品を消滅させている理事を見て思った。どうやって術を使っていくかもう一度計画を練ってこの人を御さないと、好き勝手にやらせて引っ掻き回されたらすぐに疲れて気絶してしまう。