第一層

 13:00

完成! 嬉しそうな声に、油断なく濃霧地帯に置いていた視線を後ろにやった。事業団理事で優れた魔女である笠置町茜(かさぎまち あかね)が設置なったゴンドラの中で笑っている。すでに第一層の工事は終わっており、その場には進藤典範(しんどう のりひろ)…

 二一時一七分

仲間たちが怪物を意識し警戒できるのは視界に入ってからのこと。数度の探索でそれはわかっていた。しかしこの濃霧地帯においては仲間たちの視界は著しく狭く、よほど近づかない限り警告しないことにしていた。往来する怪物たちの集団、その行動からこちらの…

 10:30

男の子なら誰だってあこがれる職業があると水上孝樹(みなかみ たかき)は思っている。「運転手さん」がそれだ。それもタクシーなどではなく電車やバスといった巨大なもの、飛行機や船という非日常的なもの、そして工事現場の機械を操作する姿も子どもの心を…

 08:20

洞窟というのだから富士のふもとの風穴や氷穴を思い浮かべていたが、それは良いようにも悪いようにも裏切られた。あれほどには狭苦しくなく、電気が完全に通っているので暗くもないことは嬉しい予想外だった。しかしライトは両側の壁から照らされるために自…

 07:08

分解できずに50キロを越える部品は重力遮断で重量を減らして運搬することになっていた。だから目の前の太い鉄柱を束ねた山はその対象なのだろう。こんな巨大な塊をどう運ぶのか想像もつかないが、ともあれ自分のするべきことをするだけだ。作業はいくらでも…

 10:37

地下に住む化け物たち、ありとあらゆるデータに疑問符が塗りたくられている生き物たちとはいえ同じく生物である以上(一部生物ではなかったが、運動する物体である以上)なんとなく強弱はわかるものだ。青鬼は赤鬼に比べて背が高くがっしりしており銅剣も長…

 07:03

準備はよろしいですか? と高田まり子(たかだ まりこ)は仲間たちを見回した。うなずく顔ぶれは一様に緊張している。もし少しだけ事情を知っているものがいたら奇異に思ったことだろう。彼女が『魔女姫』という異名を奉られる探索者中最高の魔法使いであり…

 15:23

ツナギの素材や厚さには職業と体力に応じて差はあったが、ブーツはみな同じものだった。スキーのブーツを皮製にしたと思えばいいだろうか。スネの半ばまで覆う牛皮には足の甲に二箇所、足首〜すねに二箇所の留め金があり調節/着脱ができる。かつては紐を使…

 13:19

「しっかし、まあ。金具の固定、解けない結び方、そういうものもわからず縄梯子で三〇メートル下りようとしてたのかお前さんたちは」 濃霧地帯のふち、白いもやがかなり薄くなった場所で星野はつぶやいた。さすがは軍人というところだろうか、なれた手つきで…

 12:13

五寸釘は既に尽きた。両手に握った二本のナイフ(とはいえ刃渡り15センチ以上あるものだが)だけで既に三度の襲撃を撃退していた。濃霧地帯を出た直後の電話機の横である。西野に命ぜられるままに地上への電話をかけ、真城雪(ましろ ゆき)につなげてから西…

 11:08

「第一層だ!」 西野太一(にしの たいち)の言葉を聞き、鈴木秀美(すずき ひでみ)は壁面から身体を引き剥がした。ねじって背後を眺めると、確かにぶあつい岩盤の向こうに何度も見た濃霧地帯の白いもやが漂っていた。一一時八分、とつぶやく西野の顔を眺め…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…

 10:11

鋭い呼気とともに繰り出された切っ先が青鬼の胸を刺し貫き、四肢から力と生命が抜けていった。支えを失ってくずおれる重みにあわせるように鉄剣を引き抜く。その動作は場慣れしており、見ていた児島貴(こじま たかし)は少し感心した。恩田信吾(おんだ し…

 11:48

前衛の一人である恩田信吾(おんだ しんご)が「いちごジャム」と呼ばれる粘塊の中心細胞に剣を突きたてたまま振り返った。残りの五人に「終わった」と声をかける。ほっとした空気の中、小寺雄一(こでら ゆういち)の視線はあるものをとらえていた。部屋の…