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児島貴(こじま たかし)がたった一つ欠かさない訓練がある。それは山中で地面を見ないように走ることだった。山に慣れれば足の裏にも目ができる、とある登山を趣味とする探索者に教えられて以来無理を承知でやっている訓練だった。全職種共通で必要なことだったら他の人間にも勧めただろう。しかしそれだけの効果を確信できないままに空いた時間を見つけては比叡山のふもとまで出かけては斜面を転げ落ちている。
理由は治療術師の重要な役割にある。迷宮内部の化け物たちに対しては戦士たちよりも術師のほうがはるかに強力な攻撃力を持つように、敵方の術師たちの行動によって部隊の生死が決するのが地下での戦闘だった。そして治療術師には、敵方の術師のイメージ集中を阻害して無力化する術がある。これを敵よりも早くかけること、それが治療術師の重要な仕事の一つだった。訓練はそのためのものだ。敵に対して走って近づく際、視線を常に敵の術師に置けるかどうか、常に術師との距離を掴んで影響距離に入った瞬間にその術をかけられるかどうか、それをつきつめようと思ったら足元に視線を送っている余裕などないのだ。足の裏に目ができればそれが実現できるのではないか。
特に、と視線は怪物たちの一点、ただ一匹小柄な化け物に据えている。奴は効果範囲に入ると同時に何らかの術をかけてくるだろう。奴の技量がもしもこちらの魔法使いと同じだけあったら自分たちは近づくこともできずに死ぬ。慎重に距離を読みイメージ集中を開始した。小走りに運ぶ足は不規則なでこぼこに惑わされずその身体を運んでいく。