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ゴンドラはひっきりなしに上下動を行っていた。積めるだけの作業員を積み込んだカボチャの馬車は最上層に行き、そこでは五人を二部隊で守る体制ができている。作業員の数は残り10名。一人減るごとに星野幸樹(ほしの こうき)は肩の荷が下りていくのを感じていた。そしてそばにいる部下に隊員を集めろと命令した。
「星野さん、ナミーたちの方に援護隊で行きたいんだけど」
真城雪(ましろ ゆき)の表情は必死そのものだ。長い付き合いの星野はこの女性の情の深さをよくわかっていた。仲間の一人が自分が寝ていた間も地下で危険に立ち向かい、なおかつ集団を離れてさらに危険かもしれない探索行に赴いているという状況が耐えられないのだろう。星野はもちろん反対だった。しかし目の前の剥き出しの感情をなだめる言葉が見つからない。
「ダメですよ真城さん」
会話を聞いていたのかそこには笠置町翠(かさぎまち みどり)が立っていた。真城と同じように、仲間たちがいま危険かもしれない場所に赴いている娘。自分に知らされずメンバーから外された娘はしかし平静なようだった。
「孝樹兄ちゃんと南沢さんがいて戻ってこれないなら、私たちが何人で行っても二重遭難です」
ぐ、と真城は言葉につまる。
「真壁さんは絶対に戻るって伝言していきました。だから戻ってきたらひっぱたくでもなんでもしてくれって」
二十歳そこそこの娘の整った顔、頬は震えて目は涙がにじんでいる。
「だから待ちましょうよ。おとなしく待ってないとひっぱたけないから。もっとも私はたくさんパイを作って全員の顔に叩きつけてやる気ですけど」
張り詰めていた女帝の空気がゆるんだ。そうだね、と翠の肩に手を置く。ただのパイじゃアレだから、唐辛子の味のとか作ろうか。そうですよ。娘は笑い、涙がこぼれた。
そのとき、これまでひっきりなしに響いていた威嚇がやんだ。三人ともがそろって防衛線を見つめる。そして一瞬後、すさまじいときの声が響いた。殺到する足音。
「行くぞお前ら! あたしらだけでこれから一時間支えるよ!」
女帝が高らかに叫ぶ。気力の充実している最精鋭の一角部隊が同じく声をあげ、女帝に従って走り出した。その斜め後ろには理事の娘であるサラブレッドも走る。星野はそれを見送ってから、集合した自衛隊員二〇人を眺めた。
「もう俺たちの守る相手はいなくなった。あとは俺たちもとっとと帰るだけだ。でも俺たちを護衛する探索者の部隊がまだ準備できていないって連絡が入った」
隣りにいる士官がくすりと笑う。ゴンドラだけが開通しているこの状況で、上層のそんな最新情報をどうやって取得したというのだろう。しかし誰もその点はとがめない。彼らは上官の性格を知悉していた。彼らにとっても待ち望んだ時がやって来たと皆が気づいている。長かった、と心から思う。
「で、だ。上の準備ができるまであと二時間くらいはあるらしいからな。ここらで実弾訓練をやってもいいと思うんだが。もちろん何か言われたときには俺の名前を出していい。ちょっと向こうまで」
と、戦闘が始まった防衛線を指差す。
「ちょっとあっちまで行って、今日用意してきた国民の血税を全弾撃ち尽したい奴はいないか? 反対の奴は手を挙げてくれ。そいつらはここで待機だ」
ああ、もちろんと部下に当たる士官二人のうち一人が付け足した。何が起きても責任はここの三人で止めるから。
「どうだ?」
星野の確認にも一つとして手はあがらない。全ての視線が命令を待って、上官でありいま死線にいる者たちの仲間である男を見つめている。鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。