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葵! と先頭左翼を走る真壁啓一(まかべ けいいち)から声がかかった。俺を援護しろ! 二人はいい!
背中にべっとりと汗をかく緊張と恐怖の中で改めて、すごい人だと感嘆した。先陣をきって走りながらも自分が一番弱いことを簡単に認め、自分は全員が生きるためには死んではならないことを理解し、自分を守るために術を使えと要求する。この男には、いわゆる男の意地とかそういうものはないのだろうか? もとよりその指示は自分の思惑と同じ、これまで温存していた吹雪の術のイメージを開始した。
「吹雪起こすよ! 念のため普段より10メートル距離おいて! ごー!」
走りながら集中を開始する。ぞわ、と嫌な予感がした。あまりに濃密なエーテルが、目の前の集団たくさんの戦士たちに守られた生き物に集まっている。つややかな毛皮を身体にまきつけて比較的小柄なその化け物の精神集中が痛いほど感じられた。自分が利用すべきエーテルをかなり横取りされているのがわかった。
あれは、まずい。自分がやろうとしていることよりもっと大変なことが起きつつある。
祈るような気持ちで隣りを見ると既に児島貴(こじま たかし)が両目をつぶり集中していた。
嫌な感じが掻き消えた。そして児島が小さくガッツポーズをつくる。やった、と葵は思った。一番厄介な敵の術を封じられた。あとは、戦士たちが接近する前に自分がどれだけ減らせるかだ――。この濃密なエーテルならば、あの屈強な怪物たちでも殺せる気がする。意識を集中し外部の音が消えていく。探索を開始した当初は周囲に対して無防備になるこの瞬間が恐怖だった。最近はまったく感じたことはない。絶対に守ってくれる、ではなくこの人たちに守られなかったならそれはしょうがないというくらいに信頼できるようになったのだった。自分はいい仲間に恵まれたと術を起動するたび感じていた。
「にー!」
身体じゅうをぞっとするような冷気が満たす。
「いーち!」
手を差し伸べた。冷気が球状となってそこから放たれた。
「寝たら死ぬぞー!」
目をぱっちりと開いた。そして信じられないものを見た。
予想した個所に猛吹雪が起きていた。予想通りに普段よりも広い範囲にちいさなホワイトアウトを生み出している。しかし。
それが被害を与えるべき化け物たちは一匹として立ってはいなかった。
全ての化け物、自分が術をあてるつもりのなかった集団の右手側にいる化け物たちですらすべて突っ伏していた。
「ええと、何が起こったの?」
誰にともなく呟く。
「わからない」
恋人がこれも呆然としたように応えた。