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間断なく化け物たちは押し寄せてくるが通路の広さには限界がある。三部隊九人の戦士が並ぶと二〇mあまりの通路を全てふさぐことができた。陣形としては前衛で防ぐもの、傷ついたら交代するもの、さらに予備として九部隊二七人の戦士たちが順番に戦闘し、タイミングを見計らっては術者たちが最前列の直後まで上がり術を放つようになっていた。本日の作業の眼目である第三層、工事が開始されてからすぐに開始された怪物たちの反攻は第一層のような人海戦術とは違い統率だっており、互いをカバーしつつまた治療術師もいる敵との戦いは否応なく膠着するものと思われた。それは問題ではない、と黒田聡(くろだ さとし)は思っている。一つには自分たちの目的は工事が終わるまで時間を稼ぐことだから長期化はむしろ望むところだということ、そして一つは今日から加わった助っ人である。奥島幸一(おくしま こういち)という事業団理事でもあるその男性は、この街の戦士ならば否応なく気づくその力を持ちながらも「今日は剣を使う気ないんで、お前ら頑張れよ」 と言ってのけた。冗談なのか? 同じ人間を助ける気がないと? その不満も相手が悪く誰も言葉の真意を確認できないまま最初の襲撃を迎え撃ったとき、ようやく奥島が何を言いたいのかわかった。
彼は都合七つもの布袋を足元に置き、珍しい鉄製品をリュックから取り出した。アルファベットの『Y』の字をかたどった金属製の棒、Yの字の二股の先端を太いゴムがつないでいる。子どもの頃はよくこれでカラスやスズメや幽霊屋敷と噂される家のガラスを狙い打った、いわゆるパチンコだった。しかし懐古の玩具に違和感を与えているのはそのサイズだった。黒光りする金属製の棒は野球のバットの握りほどの太さがあり、伸びる両肢の長さは大人の肘から手首ほどもある。重量はゆうに20キロを越すだろう。ゴムバンドは以前経験したパラグライダーの命綱ほどの幅があった。それを無造作に持ち上げ、布袋を二つ(これも、探索者の男たちが両手で担いだものだ!)肩がけにした。
ゴムバンドが空気を切り裂き叩く音は広い迷宮の両端の壁に反響した。そして迫り来る怪物たちの中、そびえる緑龍の頭が一つ消滅した。頭ではわかる。頭では、このちょっと大げさな玩具から弾き飛ばされたゴルフボールが緑龍の頭部を粉砕したのだとわかる。しかしどうしても信じられない。黒田はかつて、探索者の一人星野幸樹(ほしの こうき)が同じく緑龍の頭を拳銃で撃ったところを見たことがあった。そのときは、緑色のキチン質の皮膚に小さな黒点がうがたれただけだった。拳銃ですらこのように消滅どころか破裂すらしていなかったのに。
それ、拳銃並みですか? 呆然として訊く。馬鹿言っちゃいけないよと答えが返ってきた。銃弾ってのは空気抵抗を考えられた形状だから、遠距離になればなるほど鉄砲の方が有利に決まってるじゃないか。まあ初速は俺のパチンコのほうが速いけどな。
背筋が凍る。それを危険を知らせる感覚がかき消した。ゴルフボールの雨をかいくぐった敵がすぐそこに迫ってくる。緊張と恐怖を実感しながらもしかし気分は昂揚していた。先方がどんな戦術を選択しようとも治療術師が怪我を回復させようとも、こっちは無慈悲に数秒に一匹ずつ即死させる男がいる。あとは目の前の敵を防ぎ後背を守るだけだ。訓練された大型犬の頭を叩き割った。