黒田聡

 19:35

もうアルコールはいいやと向かったドリンクバイキングのスペースには黒田聡(くろだ さとし)の姿があった。彼はパーティーには参加していなかった。もともとそれほど親しく話をしたわけではなかったし、離れた場所に席を取る彼の隣には明らかに探索者ではな…

 11:04

一体何匹いるのか。数度の突撃を受け止め跳ね返し、疲労で朦朧としている頭で思った。隣りでやはり肩で息をしている笠置町翠(かさぎまち みどり)が「ちょっとごめんなさい! 休ませて!」 と叫んだ。俺もそろそろ休むか。しかし理事の娘が抜けて弱体化する…

 09:42

間断なく化け物たちは押し寄せてくるが通路の広さには限界がある。三部隊九人の戦士が並ぶと二〇mあまりの通路を全てふさぐことができた。陣形としては前衛で防ぐもの、傷ついたら交代するもの、さらに予備として九部隊二七人の戦士たちが順番に戦闘し、タイ…

 20:06

シャンプーを泡立てながらの鼻歌を、隣りでおきた妙な声がかき消した。うおっ! というそれは驚きと恐怖。決して銭湯で聞こえていいものじゃない。どうした? とちらりと視線を送ったらその男は浴場の入り口を向いたままぽかんと口を開けている。 名栗透(な…

 07:12

ゆっくりと上げた脚、かかとが天に向いた。片足は大地に、片足は天にと伸ばされた黒田聡(くろだ さとし)の身体はまるで一本の棒のようにも見える。精鋭四部隊の中では『地下限定で』最強の戦士と呼ばれていた黒田だったが実際の身体能力は垂直に上げた脚が…

出稽古シリーズ第二弾は笠置町翠(かさぎまち みどり)。感想は 「やっぱり他の仲間が頼れると楽だね!」 くっそー菓子折りか? 菓子折りでも持っていけばいいのか? 昼前からは雨が降ったけれどどんよりと曇りの朝。いつもどおりにジョギングに出たら、久し…

津差龍一郎(つさ りゅういちろう)重体。今もまだ自分の部屋で寝ているはずだ。 第二期の有望な探索者が精鋭四部隊に出稽古に行くという企て、今日は津差さんが先発隊として出ることになった。出稽古先は魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)さんの部隊で、こ…

 12:23

もともと地下の温度は低く零度に近い。それでも、のっぺらぼうと呼ばれるその化け物が現れるとさらに二〜三度涼しくなるような気がした。こいつは地上に持っていったらクーラー代わりにならんかしらね、といつもどおりにのんびりと考えて、高田まり子(たか…

 07:03

準備はよろしいですか? と高田まり子(たかだ まりこ)は仲間たちを見回した。うなずく顔ぶれは一様に緊張している。もし少しだけ事情を知っているものがいたら奇異に思ったことだろう。彼女が『魔女姫』という異名を奉られる探索者中最高の魔法使いであり…

 12:32

腹減った腹減ったと唱和しつつ示威部隊が地上に戻った。留守番役の太田憲(おおた けん)、落合香奈(おちあい かな)がお疲れ様と出迎え、ビニール袋の中から折り詰め弁当を取り出した。そして大きなお鍋。これは落合が北酒場のコックに頼んで作ってもらっ…

翠の一言にドキッとさせられる。 最近北酒場でよく噂されているのよねーとのことだった。この娘は生まれか家庭環境かわからないけれど非常に耳がいい。しかも入ってきたもの全てにとりあえず気を配っているらしく、離れたテーブルの会話などを突然耳打ちして…

朝八時にフロントから部屋に電話をかけてもらったら、ひどい寝癖のまま降りてきた。手に下げているのは昨日洋服を買った紙袋だから、その寝癖のままで戻るつもりかと尋ねたらうなずいた。タクシーならいいでしょ? とのことだ。それはかまわないが、午後から…

第二層で地図ができている個所をすべて歩き終わった。曲がりくねった洞窟だから正確な大きさはわからないけど、歩いている時間だけで五時間はあったと思う。体感的に時速四キロくらいの速度で進んでいるから、ゴツゴツした洞窟内を警戒しながら二〇キロは歩…

 13:20

「こういうものがあるなんて想像もしませんでしたね」 鹿島詩穂(かしま しほ)はさすがに魔法使いの訓練責任者だけのことはあり、高田まり子(たかだ まりこ)に差し出された石片をつかんだだけでそれがどういうものなのかを理解したようだった。 「まりは…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…

打撃力★★★★★ 防御力★★★★★ 動作速度★★★★★ 入力への反射速度★★★★★ 体力★★★★★ 気力★★★★★ 投げ技 プロレス系(締め技、関節技あり) 即死あり(3%) ゲージが80%で固定されている 星野以外の威嚇を無効化する 衣装 ツナギ(赤)/私服(タキシード)/私服(暴…

隣りに座ってきた男に向けて、屈託のない笑顔がすんなり出てくる自分に葛西紀彦(かさい のりひこ)は驚いていた。別に嫌っていたというわけではない。もともとそれほど近しくする関係でもなくなんとなしのよそよそしさがあっただけだ。自分自身に対して社交…

探索者に対する批判でもっともふさわしくないものは吝嗇だったが金銭に無頓着であるわけでは決してない。明日をも知れぬ身であるから金には恬淡としており、高額の出費を担うことも高額の収入を求めることもごく自然に身についた態度だった。屠った生き物の…

「・・・黒田くん」 その声だけを聞いた者がいたとする。そしてその人間が本日この街で剣術トーナメントが行われたとだけ知ったとする。それでも絶対に、その誰かはトーナメントの準優勝者とドアの向こうからもれてくる声の主を一致はさせるまい。黒田聡(く…

礼を終えて振り向いた黒田聡(くろだ さとし)の身体が揺れた。ああ、音ってのは空気の振動なのだなと実感させてくれるほどの拍手と喝采が自分と国村光(くにむら ひかる)に向けて降り注がれている。左肩の付け根はずきずきと痛んだけれど、自由になる右腕…

「降参してください、国村さん。今の俺は寸止めができません」 静謐な表情をしたままのその言葉に国村光(くにむら ひかる)は自分の敗北を悟った。うそをつける顔ではなく、であれば、うかつに動かれたら相手を殺さずにはいられない境地にまで黒田聡(くろ…

何をしたいかはもう決まっていた。そのために何をするべきかの計算ももう済んでいた。その計算式はすべて破棄し結果だけを心に刻み、そのために行動に迷いは起こさない。黒田聡(くろだ さとし)はただ彫像のように木剣を振りかぶりこ揺るぎもしない。 向か…

すでに三度の突きを放っており、勝負はまだついていない。黒田聡(くろだ さとし)はさきほどの突きの射程距離に怖れをなしたのか大きく跳び退ってかわすだけで反撃まではできないようだった。そうでなければ困る、と国村光(くにむら ひかる)は焦りをかす…

開始の声と同時に構えたのは、国村光(くにむら ひかる)の奇襲を恐れてのことだ。とはいっても開始と同時に切りかかるといった簡単な話ではない。こちらの気が満ちている状態でも間合いにいればすべての行動が奇襲になるのが目の前の男だった。 戦闘におけ…

光の中に突然うかびあがったひょっとこのお面にぎょっとした。凝視する中で白い手がそのお面をはずすと理事の娘で自分が下した女剣士の笑顔があった。そうか、この娘との勝負も大変だったと黒田聡(くろだ さとし)はしみじみと思う。手にしたお面をつけて登…

目を閉じたままでも周囲には気を配っており、平べったい音を上げるスリッパの足が自分をめがけてやって来ることに気づいていた。だから、来客が声をかける前に国村光(くにむら ひかる)が顔をあげたことで神田絵美(かんだ えみ)は驚いて立ちすくんだ。 「…

小声で名前を呼ばれ、黒田聡(くろだ さとし)は薄目を開いた。それだけの動きでこめかみが鋭く痛んだが、顔をしかめたことを察したのだろうか? 見下ろす人影の表情が曇ったことに気づくとあわてて笑顔を浮かべた。気のせいかもしれないが、顔を笑顔に保て…

いわゆる“落ちた”状態にある葛西紀彦(かさい のりひこ)だったが、教官が少し触っただけで息を吹き返した。しかし焦点は定まらず、何度か目の前で手を振った橋本辰(はしもと たつ)はあきらめたようにとりあえずそこら辺に寝かしておけ、と土嚢の見物席に…

勝利の昂揚は一秒も続かなかった。もちろん鋼の自制心があるからではない。歴戦であればこそ、お互い武器を持たない状態で寝転がった相手の上にまたがっている自分の有利はよくわかっていた。あとは参ったするまで殴るだけ。いや、物わかりがよければ上に乗…

擬態か? 葛西紀彦(かさい のりひこ)の心にまず浮かんだのはその可能性だった。最初のダッシュに対しての反応、キャプテン翼にも出られそうな破壊力のキック、袈裟懸けを余裕を持って受け止めた技量と見かけからは全く信じられない(津差より上なんじゃな…