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一体何匹いるのか。数度の突撃を受け止め跳ね返し、疲労で朦朧としている頭で思った。隣りでやはり肩で息をしている笠置町翠(かさぎまち みどり)が「ちょっとごめんなさい! 休ませて!」 と叫んだ。俺もそろそろ休むか。しかし理事の娘が抜けて弱体化するわけだから、自分と同等に頼れる第一期の戦士が必要だった。後ろで待機しているのは誰だ? と声をかけると「光岡です!」 と第一期の戦士が名乗りをあげた。悪くはないが、もうひとふんばりかな。せめて隣りの戦士に誰がくるか確認してから――
肌が総毛だった。しかし嫌な感じはしない、警戒でも恐怖でもない、単に肌が異常を伝えてきた。その違和感に耐え切れず、目の前のネズミ面に鉄剣を叩きつけてからちらりと横を見た。そして横の戦士と視線が合った。
そうか、と納得する。
お前にはエーテルを無意識に利用する才能があるという説明は受けていた。無意識にというくらいだから本人にその自覚はない。しかし訓練場では自分と同レベルの仲間たちが苦戦する化け物に自分はまったく苦戦してこなかったその事実は不思議に思っていたから、その説明を聞いて「ああ、そうだったのか」 と納得したのは確かだ。それでも『迷宮内では最強の』という言葉は失礼だと思う。とにかく今までその才能を理解はできなかったのだ。それが覆った。
隣りにいる男は真壁の部隊の戦士で青柳誠真(あおやぎ せいしん)という名前だった。よく話したことはなかったが、副業が僧侶という変り種の一人だ。彼も自分と同じ種類の才能があると聞いていた。その彼が隣りで臨戦体勢になった瞬間にわかったのだ。自分と隣りにいる男の才能が。
肌がピリピリとしている。空気中のエーテルが全て自分たち二人に集まってくる気がする。振り下ろす剣が妙に軽く感じられる。そのくせ迎え撃った鉄剣を叩き折った刀身は腰まで化け物を切り裂いた。その一撃に、続こうとしていた化け物が後じさり攻勢が一瞬やんだ。
「青柳さん! 大変なことが起きてますね!」
「まったくです! 次からはぜひ同じ部隊になりましょう!」
これまでの仲間への義理もしがらみもない。自分たちはまとまって行動すべきだと心から思った。しかしその昂揚感をかき消して警告がもたらされる。先ほど受けた左腕への切り傷の痛みがなくなっていた。まずい、とぞっとする。あまりの興奮状態でいまは痛みを忘れてしまっているらしい。いくら身体が調子よく感じられても、痛みすら判断できないようでは好ましい状況ではない。代わり時か、とちらりと傷口に視線を落とし、そして絶句した。
ツナギを切り裂かれ補修の布地をあてることもしないまま戦っているそこには浅いが広い切り傷があるはずだ。しかし今見下ろすと、それは完全に治癒していた。血で汚れた中、うすいピンク色の皮膚が復活している。誰かに治療されたか? いや、基本的に要請しなければ治療されないはずだった。その答えは身体を駆け巡る活力がおしえてくれた。この身体は、軽い治療術並みの回復力を持ちつつある。それもこれも隣りにいる戦士との相乗効果だった。他には考えられない。
突然その感覚が消えうせた。愕然として隣りを見る。
第一期の戦士の一人がもと僧侶の身体を引きずっていた。首筋からは大量の出血。怪我の具合を調べるまでもなく黒田は何が起きたのかわかった。あのぞっとするような、半身を引きちぎられたかのような喪失感。
鉄剣を振る腕が重い。疲労は相変わらずのはずで、いま彼を襲っているのはなまじ経験した絶好調の反動だった。俺も死にかねないな、と冷静に思い誰が待機しているかを後背に問うた。「津差」と返答は短く力強い。交代! と叫んで巨人とすれ違った。
同じ部隊にはなれなかったな、と一瞬だけ残念に思った。