大丈夫なのかな、と真城雪(ましろ ゆき)は心配に思う。あと5分後に自分の試合が迫っているというのに南沢浩太(みなみさわ こうた)の顔には緊張も気迫も見られない。まるでこの大会自体をどうでもよく感じているように見えた。そもそも参加したのだって津差龍一郎(つさ りゅういちろう)と並ぶ189cm125kgのこの巨人がお祭りには必須だという真城の意思で引っ張り出したのであり、でなければ今日もずっとアパート(一人で2DKを占拠しているが、ここまでの巨躯だとそれでぴったりに思える)でフランス映画のDVDを観ていたことだろう。これまでは相手にも恵まれ、本人も精鋭四部隊の一角を担うだけの実力で順当に勝ってきていたが今度の相手は違う。初日に探索者試験をパスして以来中断なく地下に潜り生き延びつづけてきた戦士の中の戦士だった。こんなんで大丈夫かな、と見ている側がやきもきしてくる。
もっとも、地下においてもこのように静かな顔で怪物を文字通り蹴散らしているのだから心配することもないのだろうが・・・。そこに観客席から仲間の罠解除師である落合香奈(おちあい かな)が降りてきた。彼女は事業団と契約を結んで今トーナメントの写真撮影部隊を指揮していた。この試合だけはセコンドにつくつもりだろうか?
「ナミー! がんばれ!」
思い切り力を込めたはずの掌も、あまりに巨大で肉厚な背中相手ではさすっているように見える。南沢が彼女をふりむき、う、うんとうなずいた。この巨大な体躯とは裏腹にこの男は人付き合いが苦手だった。どもるわけでもないが、特に女性相手だと言葉がつっかえてまともにしゃべれない。真城にも戦闘時以外で目を見て話された記憶がなかった。
「ナミーさあ、USJに行きたいんだけど私。どうせペアじゃもてあますでしょ?」
おっと青田刈りかよ、ていうかすごく失礼だなお前と苦笑した。まさかそれを言うためにカメラマン役を放り出して降りてきたのではあるまいな。それにしてもここで勝っても次は自分(勝ち抜けばだが)と当たるのだからディズニーランドと言わなかったのはいい判断だ。香奈もちゃんとわかっとる。
う、うんと南沢はうなずき落合は嬉しそうに笑った。しかしつづけてち、ちがう、と訂正が入った。「二枚あげるんじゃ・・・ない。・・・い、いっしょに・・・一緒に行こう」
落合がきょとんとした顔をする。あたしはもともとそのつもりだけど? という返答に南沢は真っ赤になった。
用意せよとアナウンス。顔を赤くしたまま南沢は立ち上がった。その大きさには慣れている二人だったがそれでも圧倒的な筋肉の塊がすぐそばで立ち上がると押されたような気がして後じさった。
「ぜ、ぜったい、勝ってくる」
木剣を握っていない右腕を少しあげ、落合の顔の前でぎゅっと握り締めた。どうやら気合が入ったらしい。