大盛りください! という言葉はその服装に対して三峰えりか(みつみね えりか)が想像していたものとはアンバランス、しかしそれは嬉しい違和感だった。小さな割り箸を両手で握りしめる顔はにこにこと期待に満ちておりそれは例えば10年前の大晦日に自分がお寺の片隅で甘酒をもらったときと同じ表情なのだろう。セーラー服のスカートからは(冬だというのに!)膝小僧が見えているというような話ではなかった。太ももが半分くらい見えているその丈の長さは、お前それ平地を歩くときも抑える必要があるんじゃないのかと思える。相当頑張ってようやく膝上だった自分の女子高時代とは隔世の感があった。でも、と具だくさんの芋煮汁を渡してあげた笑顔にほっとした。うん。ジョシコーセーといっても違うのは外見だけなのだろう。
昼過ぎから仕込み始めた芋煮汁はここに至ってついに完成し、配給に並ぶ列はこの街にいてはなかなか見られないものだった。作成段階でちょっとしたいざこざ(西谷と笠置町という二人の魔女、そして南沢という戦士が醤油か赤味噌白味噌かでにらみ合った)もあったものの無事に解決(三人を追放し、日ごろ木賃宿の掃除をしてくれている女性に味付けを一任)して現在に至るというわけだ。
おいしいおいしいと背後からはしゃぐ声は笠置町葵(かさぎまち あおい)のもの。先ほどまで「醤油の芋煮なんて信じられない!」 と言っていた彼女はこれで二杯目を堪能している。この街は、としみじみと思う。この街はわかりやすい人間が多いなあ。先ほど自分が電話した上司は、材料費にちょっと援助もらえないかとの打診を予想通りに叱り飛ばした。そんなものいちいち訊いてくるな。芋煮ってことは豚か? 牛か? 牛か、だったら毎日但馬の牛肉が入ってたはずだな。あれ買い占めろ。もうなんというか、自分が台本を渡したのではないだろうかというくらいに想像のままだ。恐縮してみせながら笑いを抑えるのに苦労した。
生死を親しいものとして身近に感じている探索者たちは往々にして意思表示がプリミティブになるとはある若者の日記に書いてあるし、それを読んでそういえばそうだなあと感じたことでもある。しかしそれだけではなく、その探索者の周辺にいる自分たちもまた(おっと! 自分はそういえば探索者の一人なのだった! タダ飯が食べられなくなって久しいので忘れていた)単純な行動になってしまうのだろうか。まあ、常日頃接している人間がわかりやすい行動しかしないのであればこっちでわざわざけれんを効かせることもないのだから当然といえば当然なのかもしれないが・・・。大きな幼稚園みたいなものかこの街は、とこちらは白味噌派でありながらうまそうに舌鼓を打っている巨人をちらりと盗み見た。うん。大きい。
「大盛りで!」
と嬉しそうな声に視線を列に戻した。小柄な三峰の視線の高さにはツナギの胸元があった。違和感を感じたのはそのツナギの内部にはぱりっとしたワイシャツが覗いていること。アンダーウェアはつけない人? それとも重ね着? さむがり? と視線を上げた先にはベスト8にコマを勧めている戦士の顔があった。国村光(くにむら ひかる)という彼は週末探索者と呼ばれる珍しい人種である。平日は迷宮街の外できちんと定職についており、週末の過ごし方として迷宮探索を選んでいる。おそらくアンダーウェアは名古屋の彼のアパートにあるのだろう。それにしてもと少々呆れながらその紙椀に大盛りをよそってやる。
「余裕ですね。練習とかしないんですか?」
国村は目を丸くした。余裕? そんなものありませんよ! 昨日の夜から菓子パンだけしか食べてなくて、今朝は野菜ジュースだけなので腹が減ってるんです。
先ほどよりも無精ひげが濃くなっている気がした。本当にわかりやすいなこの街は。しみじみと思う。