罠解除師である若林暁(わかばやし さとる)は――当然というべきなのだが――戦士たちの実力の差というものがわからない。この剣術トーナメント、自分の部隊の前衛は3人ともがベスト8に残っている。喜ぶべきその事態はしかし意外らしい。目の前の神足燎三(こうたり りょうぞう)、そして優勝候補筆頭の黒田聡(くろだ さとし)は不思議ではないらしいが、津差龍一郎(つさ りゅういちろう)という最近加わった巨漢がここまで残ることは少なくとも戦士たちには予想外だったらしいのだ。自分には、と津差の広い背中を思い浮かべる。津差さんこそが優勝候補の筆頭なんだけどな。しかし誰もが声を揃えて大健闘と言うからには彼の実力は劣っているのだろう。自分には判断できないけれどそこには序列はあるのだ。しかし、そこから外れているのが目の前の男だった。
「おっちゃんて強いの?」
そう戦士に問い掛ける。たとえば同じ部隊の黒田に。黒田は間髪いれずに言うだろう。強い・・・と思う、と。
誰でもそうだ。訓練場で対したものはおそらく自分の対戦成績を脳裏に描いて強い、と即答する。そして数秒自分と神足との戦いを思い返すと今度はおそるおそる「・・・と思う」と付け加えるのだった。
これってすごいことなんじゃないだろうか。ペテンにせよなんにせよ、名だたる戦士たちのほとんどを手玉にとって実力を測らせないのだから。しかし目の前で寝ている姿からはまったくうかがえないけれど。
「おとうさーん!」
聞き覚えのある声に背後を振り返った。やってきていた高田まり子(たかだ まりこ)が自分に気づき、あら、と口元に手を当てる。その才能と穏やかで控えめな挙措から『魔女姫』の呼称を奉られていた部隊のリーダーは、リーダーの任を離れて目の前の男といるときは「お父さんお父さん」と甘える傾向があった。それは誰にも知られたことだったけれど、さすがに3歳も年下の男に見られたら恥ずかしいのだろうか。
神足は本をずらして高田を見た。そして穏やかに笑う。相手をペテンにかける時の邪悪は陰をひそめた暖かい笑顔だった。
今度は娘と対戦だねお父さん。勝てる?
魔女姫の言葉に若林はもう一人神足になついている女性を思い出した。真城雪(ましろ ゆき)という名前の女戦士、女帝と呼ばれこの街に君臨する女性もかつては神足に「お嬢」と呼ばれ可愛がられていた。真城が他の部隊から弾き飛ばされた女性たちを集めてアマゾネス軍団を作り一城の主となってからはそういうやり取りはないが、別に疎遠になったのではないと若林は見ている。女性が多い部隊でありかつ最精鋭という重圧をこなすには威信というものも必要になってくる。軽く扱う男の存在は邪魔だとお互いがわかっているのだろうし、まがりなりにも25年生きている若林は、状況が変わったからといってお互いへの態度をかえられない関係というものがあることくらいは知っていた。ならば距離を開くしかない。しかしもともとつながりが深いだけにこころの距離は開かない。
「どうだろうなあ」 考えもせずに神足は答え、視線を本に移した。高田はにこにこと笑っている。もうずっと雪と練習でも打ちあっていないでしょう? 返答はない。
「久しぶりの娘とのデート、楽しんできてよね」
一年と少し前、真城がアマゾネス軍団を組んだ際に神足には二つの選択肢があったのだと言われていた。その頭脳のキレと判断力から一部隊を任されつつあった魔女姫、女性の不利に憤ってアマゾネス軍団を立ち上げたお嬢、娘のように可愛がっていた二人のどちらを補佐するか。どのような判断があったのか誰も知らず、ただそれからずっと真城と神足が親しくしているところを見たものはいなかった。もしかしたら、魔女姫にも父親のような男を独り占めしたという罪悪感があるのかもしれない。自分がここにいることを忘れてその顔は無邪気に嬉しそうだ。
「そうだなあ」 それから本を脇に置いた。
「まあ、俺たちは剣を振って飯を食ってるいわばプロだ。見に来てくれた客が楽しんでくれる試合にしなきゃいかんだろうな」 不敵に笑った。