この着想をどこから仕入れやがった? 葛西紀彦(かさい のりひこ)は振り下ろされる木剣を受け止めた。右手一本で振り下ろされた木剣はそれでも大変な威力を伝えてきて、受け止めるには片腕で柄、そして切っ先を肩や二の腕に当てなければならないほどだった。それでも受け流そうとして怪力に巻き込まれるよりはマシだ。これでもしも、とぞっとする。これでもしも、第一期の戦士たちや理事の娘の半分も器用さがあったなら畳み込まれて終わっているだろう。そのルール違反と叫びたくなるほどの膂力。経験不足と技量の不足を単なる筋肉がカバーすることがあることを葛西は実感していた。それに、と続いて伸ばされる左腕を跳び下がってかわす。これだ。右で丸太のような衝撃を伝えてきながら、それでこちらの動きを止めたと思ったら左腕で捕まえに来る。捕まえる腕は最初からひねられていて、もしもつかまれたらそれをもとにもどす動きでこっちの身体など簡単に揺さぶられるだろう。とても切り返せるとは思えない。こんなやり方どこで見つけやがった、このシュワルツネッガーめ。
た、と、た、と流れるような足さばきで距離をおく。津差は追い討ちをかけずにその場で低く腰を落とした。くそう。追ってくれば仕留めたのに。
もうずっと前のことだ。酒が入って第二期の戦士たちを品定めしていたときに203cmもある津差には及ばないものの189cmと二番目に背の高い、そして津差が来るまでは最大サイズだった戦士が言ったことを思い出した。津差さんはコンプレックスを感じている、とその朴訥な戦士は言った。その対象は同じ第二期の戦士のうち端倪すべからざる実力を備えていた高坂新太郎(こうさか しんたろう)、そして体格的なハンディがあってもスピードと反射神経で群を抜いていた真壁啓一(まかべ けいいち)だった。別格である女戦士を除き第二期では最強と目されているその三人の中でももっとも高い評価を受けながら、彼は残りの二人に対してコンプレックスを抱いているというのだった。生まれ持ったものではない運動能力で自分と並ぶ二人に対し、津差は「結局俺はでかいだけ」という劣等感を感じているのだと。
その劣等感をいかにもバカげているとする南沢浩太(みなみさわ こうた)の言葉は当然だ。死ぬの生きるのいう場所では強さに理由なんか必要なく由来による価値付けなんか誰も行わない。そんなことを気にして誰にも真似できない体格というメリットを殺すのであればそれは罪悪ですらある。そう態度で示す南沢を眺めながら、この誠実で頼りがいのある巨漢が気づいたということは、多分この男もそのコンプレックスを経験したことがあるのだなとそのことに驚きを感じたものだった。そのときは部隊の違う津差の戦い方を気にする必要はなかった。だからその言葉を思い出したのは先ほどの寺島薫(てらしま かおる)戦の様子を友人の戦士に詳しく聞いたときである(葛西は集中のために目を閉じていたが、その戦士はしっかりと試合を見ていたのだ。その後自分と対戦したのに)。技量では自分をしのぐ先輩戦士に対して津差は無謀にもテクニックの勝負に出ようとしたのだという。自分にも同じようにテクニック勝負を挑んでくれれば消耗せずに勝てるような気がする。その期待は目の前で深く腰を落とした姿勢と、隙あらば捕まえようと伸ばされる左手に裏切られてしまった。先ほどの対寺島戦がきっかけかどうかわからない、しかしこの巨人は自分の体格も受け入れて勝とうと思っている。なりふりかまわずに勝とうと思っているのかもしれない。それは同僚としては喜ぶべき心境の変化だが、どうせなら自分に負けてから改心してくれればよかったのに。十分な距離をおいて背筋を伸ばし、息をついた。
それを隙と見たのだろうか。低い姿勢のまま津差が突進を開始した。いい目だが、しかし遅い。冷静に考えながら両膝をたわめ、低い姿勢からすくいあげる木剣を受け止めた。こちらの木剣の切っ先を床につけ、刀身を腿で支える体勢は磐石だったから強烈な打撃も全て受け止められた。
左腕が捕まえに来るその一瞬早くたわめた膝を解放した。左腕を避けるために下がるのではなく、さらに低い場所から津差の顔に肩を当てるように。肩がヘルメットの下にめり込み巨きな上半身がゆらめいた。その隙をもって悠々と距離をおく。再び腰を落とした津差の鼻から大量の血がこぼれおち、観客席から悲鳴が上がった。
まずい。あそこでもう一本打ち込んで終わらせるべきだった。
顔面に肩を入れたくらいでは捕まえる腕は止まらないかもしれない、その心配から一撃離脱にした。その判断は間違ってはいない。顔に衝撃を受けたらしばらくの間は恐怖心に悩まされるはずだ。それは正しい判断だった。しかし、離脱してから振り返って、実はいま勝負を終わらせる好機があったことを認識した今となっては、終わらせるべきだったと悔やまれる。
先ほどのすくいあげる切込みを受け止めたとき、木剣がいやな音を立てた。津差を中心にしてふらふらと歩き、切っ先を何度か床にぶつけた。振動の伝わり方が木剣に予想通りの異常が起きていることを伝えてきた。
木剣に亀裂が入っている。
いくら怪力でも新品ならば折れることなんて考えられない。これまでずっとここで使用されてきた疲労がいまこの試合で現れたのだろう。よりによってどうして、この試合で。やっぱり俺たちは主人公キャラには勝てないのか? 奥歯を強く噛みしめる。
しかし口元には自然と笑みが浮かんでいた。それならそれで燃えてくるってものさ。