2003-10-05から1日間の記事一覧

渾身の自制心で文庫本に落としていた視線、しかしその戒めを破らせたのは何か途方もない寒気だった。 なにが、起きた? わからない。だが、ゆっくりと流れる世界の中で硬直したかのように横に倒れていく翠の身体だけは認めることができた。あの倒れ方は、な…

双子には常識では考えられないシンパシイがあると鉄腕DASHか何かで言っていた。そこまで大げさなものではないが、笠置町翠(かさぎまち みどり)もたまに実感することがあった。双子の妹がいま嬉しいのか悲しいのかなんとなく想像がつくのだ。あとで確認して…

剣士なんか大嫌いだ。 迷宮街では自分たち前衛職は幾通りかで呼ばれている。一つはもちろん戦士であり、前衛と呼ばれ、剣士と呼ばれる。それらは基本的には同じ用途で使用されるが剣士だけは特別な意味をもつことがあった。きちんと剣道もしくは剣術の訓練を…

これだったんだ。あまりの苦しさに涙をにじませながら縁川かんな(よりかわ かんな)は思った。先ほどから一回の攻防が終わるたびにあたりから起こる咳き込む音、なんだろうと思っていたが自分がそうなってようやくわかった。 今回は男性の方から攻めた。右…

『緑コーナー、笠置町翠(かさぎまち みどり)! 黒コーナー、黒田聡(くろだ さとし)!』 歓声が高まる。マイクのスイッチを切ると、真城雪(ましろ ゆき)は小さく身震いした。 うわあ気分いい! さっきからこのアナウンスしてみたかったんだ! さいです…

翠、と呼びかけるその声は耳鳴りのような歓声(それはなぜか音程の高いかわいらしい声援だった)を圧して届いてきた。抗うことができずにそちらを向くと、見覚えがあるような男の顔があった。なぜだか無性に敵意を掻き立てられる。こっ、この野郎―― しかし怒…

あ。黒田聡(くろだ さとし)はすぐ試合場の向かいに立つ女戦士の異常に気づいた。 笠置町さん、ガチガチになってる。 きょろきょろと揺れる視線、背後の声援のたびにびくりと震える肩。笠置町翠(かさぎまち みどり)の立ち姿からは、これまでの試合で見ら…

え? と笠置町葵(かさぎまち あおい)は座ったままの仲間を見やった。双子の姉はもう試合場に向かって観客席を座る人々の間をすり抜け下りている。真壁さん、翠のセコンドについてあげないの? 「いや、いらないでしょう」真壁啓一(まかべ けいいち)は苦…

「おつかれさまですー、ってドア開けっ放しでいいんですか?」 それどころか窓まで全開じゃないか。 訓練場の一角、魔法使いの教官である鹿島智子(かしま ともこ)の部屋は室外と同じ冷気に満たされているようだった。京都の冬は厳しい。 「ああいいのいい…

で、結局、と児島貴(こじま たかし)は二人はさんで隣りに座る男に顔を向けた。今、一体なにがどうなったんだ? 剣の折れた先がツナギにひっかかって首吊りになったのはわかったけど、それが勝因か? 「ちがいます」 真壁啓一(まかべ けいいち)が答えた。…

思い切り床に叩きつけられた男はしかしその音がもたらすイメージに反してすぐに跳ね起き、巨人を抱き起こすとその鼻の下に耳を当てた。ほっと息をついたところを見る限り柔道などで落ちたような状態らしい。審判が勝者を告げる声に軽く拳を振り上げた。どよ…

折った。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は確信した。 自分の鼻も折れているかもしれないが、と止まる気配も見せない鼻血を思い切り噴き出しながら懸命に笑いを押し殺す。逆流してきた血が口の中にたまり、それを床に吐き出した。その大量の出血に観客が…

この着想をどこから仕入れやがった? 葛西紀彦(かさい のりひこ)は振り下ろされる木剣を受け止めた。右手一本で振り下ろされた木剣はそれでも大変な威力を伝えてきて、受け止めるには片腕で柄、そして切っ先を肩や二の腕に当てなければならないほどだった…