双子には常識では考えられないシンパシイがあると鉄腕DASHか何かで言っていた。そこまで大げさなものではないが、笠置町翠(かさぎまち みどり)もたまに実感することがあった。双子の妹がいま嬉しいのか悲しいのかなんとなく想像がつくのだ。あとで確認してみると、おさおさ馬鹿にできない正確さを誇っていると思える。ともあれ、最近は穏やかで暖かい幸福感を感じることがよくあった。妹が年下の恋人と一緒にいるときだろう。それをかみ締めながら、妹をかわいそうだなと思うのが常だった。自分はその直接の幸福感に加えて大事な半身ともいえる妹がいま幸せであるという姉妹としての幸せも感じられるのだから。それを味わわせてやれなくてすまない、とたまに思うことがある。
今は? 葵。神経の全てを目の前の男に集中させながら心の中で語りかける。
今この幸福感はあなたに伝わっている? あとで訊いてみたいのだけど自分の性格からして無理だろう。とにかくいま自分の身を浸しているこの感覚が、距離を越えて半身に届いていると信じたい。
女として男に案じられる感覚、こんなものを感じたのは初めてだった。整った容貌だから恋人もいなかったわけではないが、これまでのどの男もこんな幸福感を与えてはくれなかった。それが一度に二人も。対戦相手と、背後で文庫本を読んでいる(見たわけではない。けれども観たかのように想像できた)セコンドと。二人に同時に身を案じられてつかの間幸せだった。
対戦相手がまた一歩踏み込んだ。あと四歩で一足一刀の間合いになる。
でも、黒田さんの気持ちはとりあえず大きなお世話だからさ。なんといっても自分は対戦相手なのだ。案じられてどうする。絶対に、手加減なんてさせてやらないんだから。息を細く長く吐き出した。あと三歩。
切っ先から剣気とでも表現するべきものが伝わってくる。それによれば相手の姿勢は青眼。こちらの居合の軌跡を読んで一太刀めを防ぐつもりはないらしい。真っ向から撃ち合うつもりだ。身震いした。それでこそ勝負だ。あと二歩。
頬をつたった汗が左ひざに落ちた。ツナギの繊維にあたるその音すら耳は捉えた。あと一歩。
全ての音が消えた。
そして、ゼロ。
踏み出す脚、ひねる腰、走る腕、全てがこれ以上を望みようもない速度だった。
それよりも速く、剣気の塊が自分の喉をめがけて近寄ってきた。
必死に首を右に倒す。ぞっとする塊が首のすぐ脇を通り抜けていった。
かわした! そして、切っ先ががら空きの胴、肋骨のすぐ下に迫る。鍛えぬかれた腹筋があるから背骨が折れることだけはないだろう、しかし内臓が破裂しかねない一撃のはずだ。ちらりとすまないと思い、なぜか視界がそのまま斜めに倒れた。
なんでよ! 混乱する。当たってない! 当たってないのに! 身体が――
それでも首脇からぞっとする何かが伝わってきて、身体の動きを止めていた。
血の一滴を流すこともなく笠置町翠はその場に横倒しになった。