『緑コーナー、笠置町翠(かさぎまち みどり)! 黒コーナー、黒田聡(くろだ さとし)!』
歓声が高まる。マイクのスイッチを切ると、真城雪(ましろ ゆき)は小さく身震いした。
うわあ気分いい! さっきからこのアナウンスしてみたかったんだ!
さいですか、と神田絵美(かんだ えみ)は苦笑した。その様子はとても次に試合を控えているとは思えない。自分の前のマイクを確認してからどちらが勝つ? と質問をした。迷宮街最強の女戦士は間髪いれずに強いほうと答えた。
「どっちが強い?」
これまた間髪いれずに、地下では黒田、地上で互角と答える。じゃあ黒田くんの勝ち?
そうとばかりも限らないのよ、これが。翠ちゃんああ見えて精神的に不安定だからね。不安定で振幅が激しいからこそ、集中にも何段階かあってさ。真壁がセコンドについてうまく視野をコントロールしている効果は大きいんじゃないかな。あれで翠ちゃんは黒田の動きと真壁の声だけ気にすればいいから、普段の実力の何割か増しで考えた方がいいと思う。実際――と一転して真剣な表情になった。今あそこにいる翠ちゃんだったら、正直私は勝てる気がしない。身体能力がほとんど一緒だからね。
「セコンドの差か・・・そういえば黒田くんには誰もついてないね」
そんなもの必要とするほどヤワじゃないもの、あいつは。普通の会社員みたいに月曜は100%、火曜は90%、水曜は80%・・・っていうタイプじゃなくて、365日ずっと80%の力を出す男だからね。だからこそ、翠ちゃんがすごくいいコンディションの今ならかなりきわどい勝負をするんじゃないかな。ふーん、とうなずいた。常日頃前衛として敵意とぶつかり合っている人間にしかわからない呼吸なのだろう。
「そういう盛り上げを真壁くんはわかってやってるの?」
いや違うよ、という女帝の表情はうらやましげだった。これが相性ってやつで、翠ちゃんにとっての真壁は“動けばそれが全て相手のためになる”って関係なのさ。真壁が思いのままに何かすると、それはたいてい翠ちゃんにはいい結果になるのさ。さすがに逆は違うみたいだけど、世の中の99.9%は自分にそうしてくれる誰かも、自分がそうしてやれる誰かも見つけられずに終わるんだからあの二人は幸せものだね。だから私はこだわるんだ、あの二人をくっつけることに。
ともあれ、と視線に光がこもった。翠ちゃんの本日最高の瞬間がここできた。もう翠ちゃんはあとは下がるだけだし、今の翠ちゃんとあたる黒田は勝っても抜け殻になるよ。どっちが勝つにしても多分葛西くんに負ける。温泉ガイド買わなくちゃ!
その前に神足さんでしょ、という言葉は思っても口に出さなかった。女帝のビッグマウスも明らかに普段とは違っていることを、長いつきあいの神田はわかっている。